小野俊介 サル的日記

いや、その、サル的なヒトだから・・・

分かりやすい病巣だけど、容易には治せない

企業の方々を対象にした研修のグループディスカッションのテーマの一つとして、こんなことを議論してもらったのである。

新薬の開発方針、試験結果や承認要件の解釈等をめぐって、企業・当局・薬食審(委員)の見解が対立することがよくあります。 最近の対立例を二つ程度挙げて、対立の理由、背景、交渉プロセスなどを分析してください。 より良い解決の姿を目指した仕組みも提案してみてください。

注: 単に「適切なガイドラインを作ればいい」「ルールを作ればいい」では、何も考えていないのと同じ。 なぜ今まともなガイドライン・ルールが無いのかを踏まえた解決策を提案すること。

皆さん、熱心にいろいろと調べてくれて、こんな品目、あんな品目でもめていたよ、と報告してくれた。 発表を聴いていて、とても面白かったです。 特に皆さんが鋭い突っ込みを入れてくれたのが、薬食審 (薬事食品衛生審議会。 新薬を承認して良いかを審議する厚労省の委員会) の部会と称する意味不明の儀式(笑)。 議事録がほぼ公開されてるから、材料にしやすいんだよね。 通常の審査過程の PMDA vs. 企業の対立の方が本当は生々しいし、日常的に起きているのだけど、残念ながら議事録は当事者しか持ってない。 攻撃材料が手に入りやすいから薬食審の部会に問題あり、と安易に結論するのは、本当はフェアではありません。

そこはさておき、しかし、皆さんの問題意識の方向は間違っていないから安心してください。 薬食審の部会が、ニポンの新薬の承認審査の意味不明さを集約した、病巣の見本市になっていることは、今回のディスカッションでみんなよく理解できたでしょ?

  • 意味不明な説明・言葉の羅列。 例えば 「本剤には臨床的意義はあります」 なんて説明がよく出てくるが、何を伝えたいのかまったく意味がわからん。
  • 一部の委員ばかりが大声で発言しているよ。 他の委員は何してるんだ? 置き石か?
  • なんとなくの全員一致になっているけど、本当にみんな賛成なの? 十数人の見解が十数回のすべての議決で完全に一致するなんて、嘘くさいよね。 というか、嘘だよね(笑)。 いや、それ以前に、この委員たちって、自分が議題に賛成してるのか、反対してるのか自分でも分かってないんじゃないか?
  • 継続審議になった次の回で、議論が全然完了してないし(笑)。 でも結局その薬、承認だってさ。 漬物みたいに寝かせておけば良いらしいぞ。
  • 薬の長所・短所、そして 「なぜその試験をやったのか」 に一番詳しい製薬企業 (当然だよね、自分がやったんだもん) の参加を排除した非公開の会議で薬の価値を議論するって、いったいどんなナンセンスだよ、それ。

皆さんの意見は、すべて、もっともです。

究極はこれだよね。 最近のある新薬の審査での部会長のコメント:

(国際共同試験での日本人部分集団での有効性について、統計学的にはややピント外れの激論が交わされた後で、おそらくは相当にイライラした部会長曰く)

何回ももめるので、何回も言っているのですが、日本人だけの部分集団解析の結果を出せという申請者への指示はやめたほうがいいと思います。本当にいたずらに不安を煽るだけで、やらなくてもいい議論をしなければいけなくなってしまいます。

ただ唖然 ・・・ ( ゚д゚) ポカーン

これが日本の承認審査の総本山において総元締が発したコメントかと思うと、情けなくて涙が出る。 あのね、あなた(たち)の言ってることはまったく逆ですよ。 「何回ももめる」 のは あなた (たち) 専門家が、本来やるべき議論を一度もちゃんとやってないからでしょうが。 「いたずらに (シロウトさんの) 不安を煽る」 じゃなくて、「(あなたたち専門家が) ホントに危ない」 のよ(笑)。

私は心優しいから、実は部会長には内心同情してるのだ。 この時の部会の議事録を読めば分かるが、要領を得ない感情的なやりとりが延々と繰り広げられている。 部会長がイライラするのは心情的には十分理解できる。 でもね、イライラして八つ当たりすべき方向はそっち (部分集団解析をすること・させていること) じゃありませんよ。 「日本人部分集団での解析がなぜ必要なのか・不要なのか」 を (単に統計学的な consistency の文脈ではなく) 社会の幸せを目的にして議論する見識も能力も欠けている日本の産官学の専門家集団 (つまり自分たち自身。 僕もその末端の一員だ) にイラついてください。 

「日本政府が、日本において、民間企業 (国籍不問) のお薬の販売を承認する」 という行為の本質ってそもそも何だろう? 目的は、商品価値の最大化? 国民健康の最大化? それとも社会厚生の最大化? ニポン産業育成 (笑)? グローバル社会への貢献? 憲法上の国民の権利の保障? あるいは、ビジネスの自由・権利の保障? 工場の出荷時の製品の品質チェックのようにチェックリストで要件が確認できるような浅薄なもの? それとも社会選択の枠組みが必要なもの?

各委員が、自分の信じる倫理観をそれぞれ振りかざせばよいのか、それとも、何らかのメタ倫理的な合意を得ておくべき類の決定か? 誰が決定に参加すべきなのだろうか? 民主主義的な決め方として具体的にどんな方法がなじむのか? 

・・・ といった根本問題を何一つまともに議論したことがないニポンの医薬品専門家たち。 「お薬を承認するかどうか」 を、やれ比較試験で有意な結果が出た・出ないだの、結果の p 値が高い・低いだの、薬理作用がうまく説明できないだのと、迂遠なことばかり口をとんがらせて議論していて、肝心のことは何一つ議論してない。 議事録を読んでいたら、おかしくて噴き出すレベルである。 お笑いに近いかも。

「部会って、委員がシロウト並みの思い付きを述べてるだけですよね。 PMDAがしっかりしてれば、部会は廃止しても何ら問題ないと思います」 という受講生のコメントもあったが、(本当にPMDAがしっかりしていれば) そのとおりだと思います。(注 1) あの議事録読んでたらそう言いたくもなるわな。

(注 1) 数年前、部会の上のレベルでの報告を止めたけど、何ら支障ないよね。 あるわけがない。 そのおかげで 「審査時間が短縮した!」 とかいって自慢の材料に使う悪乗り連中も多いが、自慢する前に、「なんで俺たちこんな無駄な儀式を何十年もやってきたんだ? 過去何十年にもわたる無駄な儀式のせいで失われた健康はどの程度だろう?」 と反省するのが先だと思うぞ。 業界人 (産官学すべて) って、ほんと、反省が嫌いなんだな。

日本人の部分集団解析の問題についても、そもそも治験でランダムサンプリングなんて誰一人やっておらず、母集団という概念は単なる絵空事で、「誰でもいいから薬が効きそうなヤツ探せ!」 という基本姿勢で企業は臨床評価をしていることなど業界人なら誰もが知っているのに (注 2)、その周知の事実を論理的に、統計学的に、倫理的に、社会の幸せ (厚生) と 結び付けて歴史上一度も議論したことがないのが、ニポンの医薬品専門家である。 恥ずかしい。

(注 2) 驚くべきことに、その基本事実 (の含意) を知らない委員もいる。 みんなも部会の議事録を読んでみよう。

・・・ というわけで、ニポンの承認審査の腐った部分を 「クンクン ・・・ この薬食審の部会あたりが特に臭いぞ!」 と嗅ぎ当てた皆さんの嗅覚は、決して間違ってはいない。 立派です。 けれども、病巣はそこだけではなくて、医薬品研究開発を目的としたすべての営みの中に、上述のような深遠な 「根本的な未解決問題」 が顔をのぞかせていることを知っておくことが重要です。 そうした問題を無視して、「れぎゅらとりーさいえんすを活用した判断をすべきです」 (注 3) だの、「審査は科学・倫理に基づくべきです」 などと、中身が何もないキャッチフレーズで現実の諸問題を扱うものだから、ほら、あそこからも、ここからも、いたるところで腐臭が漂ってますよね。 豊洲ベンゼンが漏れ出てるような感じ(笑)。

(注 3) 信じられない話かもしれぬが、こんな意味不明の文章を本当にあちこちで見かけるのよ。 「行政学を使って良い行政にしましょう」 とか 「論理学を活用して頭を良くしましょう」 とかいうのと同レベルのばかばかしさ加減だということにどうして気付かないのかが不思議。

受講生の皆さん。 皆さんが将来エラくなったら、今日のブログで私が説明したことくらいは当然に織り込んだ発言をしてくださいね。 情けない発言をした議事録が公開されて、日本中に恥をさらけ出す、などということがないよう気をつけましょう。

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ちょっと忙しくて本が読めていないのだが、これは読みました。 よかったよ。

私の「貧乏物語」――これからの希望をみつけるために

私の「貧乏物語」――これからの希望をみつけるために

一番最初に登場する漫画家の蛭子能収の 「貧乏物語」 にホロリ。 作為や下心のない文章表現ほど心にしっかり響くことがよく分かる。 反省。