小野俊介 サル的日記

いや、その、サル的なヒトだから・・・

担々麺の謎

ちょっと間が開いちゃったね。 すまんすまん。 皆さんお元気? 生きてる?

私はボチボチやってますよ。 今年も例年どおり、三四郎池のまわりで虫取りしてて、やぶ蚊に刺されまくってますから安心してください。 刺されたところは爪で十字マークを付ければOK。

前々回の記事で受講者を募集した無料寺子屋講義 (全13回、土曜日の朝) も6/12に無事開講し、これまで3回の講義を終了。 ナッシュ社会厚生関数のどこが優れているか、とか、徳倫理とは何か、とか、勉強しましたね。 どうですか、参加者の皆さん。 面白かった? ・・・ なに、「サル的なヒトが自慢するほどはおもしろくない」だと? 「時間配分が悪くて、講義の後半がやたらと駆け足になってる」だと?

 

ムッキー! ヽ(`Д´)ノ

無料なんだから、おまいら、的確な指摘うるさいこと言うなぁ!!

 

今回の講義、家人からは 「土曜日の朝、眠りこけているサルを起こすの面倒くさい」 と怒られているし、秘書のおばさんおねいさん方にもお手伝いしてもらってる。 みんなが 「小野センセ、無料っていうのはどういうもんですかねぇ。 無料ってーのは ・・」 とブツブツ言い続けている。 この連中、油断してると私の目の届かぬところで、3回目の講義が終わったあたりで、高額の請求書を皆さんにこっそり送りつけるという暴挙に出る可能性も否定できないのである。 妙な請求書が届いても、決して郵便局で振り込みをしてはいけませんのでご注意を。(注 1)

 

(注 1) こういうくだらん冗談も 「不謹慎だ」 と叱られかねないご時世なのが悲しい。

 

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この一年半くらい、コロナが怖くて (正確には 「他人に向かって唾を飛ばしまくる怪獣さんが怖くて」) 一度も外食していないのだが、過去の記事に何度も書いたとおり、唯一の例外が東大本郷構内の生協食堂なのである。 つまり学食ね。 おしゃべりを完全に禁止してくれているので、私のようなビビリ―でも安心してメシが食える。 何百人もの人々が同時にメシを食ってるのだが、黙ってりゃ平気である。 むやみに声帯を振動させて、微小な霧状の体液を盛大に体外に飛ばさなければ、どんなサルでもたいていは安全なサルなのだ。

えらいぞ、生協食堂! 生協食堂バンザイ!

 

しかし今日は、事と次第によっては、学食の男性用トイレで生協の職員に後ろからブスリと刺されて、 「な、なんじゃこりゃー!」 と叫びながらGパン刑事のような血まみれの最期を迎えかねない物騒なことを書いてしまうのだ。

 

実は、定期的にメニューに登場する担々麺が、なんか、いまいちなんだよなぁ ・・・

 

訴えられるといけないからここに断言しておくが、生協の担々麺って決してまずいわけではないぞ。 この味を十分に気に入っているヒトはたくさんいると思う。 ここで吐露してるのは単に私の個人的な好みなのだから勘違いしないように。

生協の担々麺、何かが一味 (か二味か三味) 足りないのよ。 確かにふつうにピリ辛してるし、味もある。 でも、味に深みがないのである。 薄っぺらいというか。 喩 (たと) えるなら 「有名店のおいしい担々麺から、うまみ要素を上手に抜いたような味」 。 この担々麺を食べ始めてからもう十年くらい経つが、おそろしいことに昔からずーっと同じ印象なのだ。 改善も悪化もしない。 

「あんたバカか? あんたの味覚に合わないのなら食わなきゃいいじゃないか。 他にもメニューはあるだろうが」 と皆さん思いますよね。

が、ここが不思議なところなのだが、「あまり美味しくない」 と重々分かっているのに、メニューに担々麺が載っていることに気付くとなぜか毎回、条件反射のようにそれを頼んでしまうのだ。 何かに憑りつかれたかのように頭がボーっとしてしまい、気が付くと厨房のおねいさんに

「担々麺をお願いしますっ!」 ( -`ω-) キリッ

と注文してしまうのである。 ああっ、今回も頼んでしまった。 なぜだろう? ・・・ ああっ、そして今回も美味しくない ・・・

 

その時の心理を自ら冷静に振り返ってみると、

「過去10年間、確かにこの担々麺は期待外れだった。 しかし、今回こそはきっと旨くなっているのだ。 今日こそは何かが変わっているに違いないのだ」

って0.3秒くらい考えているようにも思うのだが、本当のところはよく分からん。 もしかしたら生協がなんか妙な薬物を混ぜ込んでいて、精神的あるいは身体的依存にされているのかもしれん。あるいは、「一日履いた靴下の臭いを洗濯カゴに入れる前につい嗅いでしまう」 とか、「鼻をかんだあとのティッシュをついじっくり見てしまう」 とか、そういう人間の避けがたい習性の顕れかもしれん。 が、それらはいずれも仮説である。 分からない。 私には分からないのである。

なぜ私はまったく美味しいと思わない担々麺を毎回注文してしまうのでしょうか。 エラい人、教えてください。

 

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首藤紘一先生が亡くなられた。

 

僕が薬学部の学生時代に有機化学を講義してくれた先生である。 モリソン・ボイドのテキストを読まされた。 大学院の入試の面接のときには 「あんたの数学、どうしてあんな答になったの?」 などと質問してきて、「あいやー。 もしかして、やらかしちゃったか、自分」 と合格発表の日までドキドキさせてくれた先生でもある。

首藤先生は医薬品医療機器審査センターの初代センター長として着任。 私も立ち上げ時期の審査センターで働いていたため、いわば先生の直属の部下の下っ端であった。 

先生のお供で一緒に行ったニューヨーク出張、楽しかったなぁ。

首藤先生は当時ぎっくり腰をやっていたのだが、能天気なこのサル的部下はそれをうっかり度忘れして、タクシーに乗り込むときに先生にドスンとぶつかってしまったのである。 「うっ!」 と呻いたきり、凍り付いたように動けなくなってしまった先生。 「す、すみません。 センセー、大丈夫っすか?」 と恐る恐る尋ねたら、怒るに怒れないセンセーは 「うー ・・・ うー ・・・」 と脂汗を浮かべながら恨めし気にこっちを睨んでおられたっけ。 涙目で。 ははは。 本当にすみませんでした。

その夜、せっかくブロードウェイミュージカルを見に行ったのに、センセーは腰が痛くてすぐに帰ってしまった。 あ、ニューヨーク出張での恒例、ステーキをごちそうになりました。 センセーは巨大なTボーンステーキ、私はごっついサーロイン。 うまかったなぁ。

そういえばその出張で、PhRMAの外人さんのプレゼンを聴いていた時、センセーが 「おい、小野さん、more often than not ってどういう意味?」 と資料を指さしながら小声で僕に尋ねてきたことを今ふと思い出した。 「それってだいたい often と同じ意味っす」 と答えた自分。 20年以上も前のそんなやりとりをなぜこれほど鮮明に覚えてるんだろう。 不思議なことである。

その後もいろいろとお付き合いは続いた。 遠慮のない上司部下の関係だったこともあり、つまらん小言も散々言われたっけ。 首藤先生って、気の弱い若いもんに無遠慮にケチをつける悪い癖があったよなぁ。 怖い顔した小うるさい役人 (ほれ、あのおじさんとか) には絶対に突っかからないくせに (笑)。 そうしたケチのほとんどは、よく言えば「アカデミア人的な無邪気」 の現れだったような気がするが、悪く言えば 「アカデミア人的な世間知らずの思い込み」 でもあった。

小言を言われるのは、ある意味、先生との親密さの証ではあるのだが、しかし、理不尽にいちゃもんつけられると、こっちだってイライラする。 「このおっさん、ろくに事情も知らんくせに好き勝手言いやがって」 と心の中で毒づきながら 「あのね首藤センセー、センセーの理解はまったく間違ってますよ」 などとやり返すのだが、こっちの言うことには耳を貸さぬ。 ヒトの言うことをちゃんと聞くジジイなんてこの世に存在したためしがないが、先生もその例外ではなかったです。

でもね、不思議なことに、次に会った時にはまた楽しく会話ができてしまうのである。 お互いにニヤニヤと不敵な笑みを浮かべながら。 誤解は消えてないし、過去の口喧嘩を水に流したわけでもないんだけど、「ま、いいか」 って感じ。

それが先生のお人柄だったのだと思う。 加えて、それって私のお人柄でもある (笑)。

他にも仕事がらみの生臭い思い出話はいくつもあるが、その手のつまらん話はもう止めておこう。 先生の業績については、どっかのエラいおっさんたちが、ご立派な 「送る言葉」 と共にどっかの学会誌や業界誌に書いてくださるだろうから、興味のある方はそれをお読みください。 私は読まないけど。

 

首藤先生。 同じ時を過ごせてとても楽しかったです。 さようなら。

 

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というわけで今日はこの辺で。 もう少しちゃんとブログ書くようにします (反省)。懲りずにたまには覗きにきてください。

東大の研修(レギュラーコース、RC)もふつうに進行中なのだが、講師の一人、山中竹春センセーが横浜市長選あたりで急に有名人になってしまっておる。 さてどうなるでしょうか。 知人の一人としてちょっとドキドキしながら応援しているのである ・・・ というか、山中センセ、10月に講義はしてくれるの?(笑)

 

Kiss me の fireflies あたりがうまく歌えない件

Oh, kiss me, beneath the milky twilight

Lead me out on the moonlit floor

Lift your open hand

Strike up the band and make the fireflies dance

Silver moon's sparkling

So kiss me

 

キスして 黄昏の薄明りの下で

月明かりの舞台へ連れてって

広げた手のひらを揚げて

演奏を始めて、蛍を踊らせて

銀色の月は輝いてる

だから、キスして

 

朝の通勤途中、いつものようにおいなりさん (3個200円) を買おうと本郷三丁目交差点のファミマに入ったら、店内に Sixpence None The Richer の懐かしくもキュートな曲が流れていた。 思わず涙がこぼれそうになったサル的なヒト。 いつものことだが、心が相当に弱っておるなぁ、自分。

皆さんむろんお馴染みの1990年代の超メジャー曲 「Kiss Me」。 当時 「恋するティーンエイジの女の子」 に受けて大ヒットしたのだけど、この曲ってとてもベタな古き良きキリスト教アメリカの暮らしや愛の礼賛でもある。 おかあちゃんが娘や息子の頭をチュッとしたり、とか。 ベタなんだけど、歌詞がなんかとてもかわいいのである。 心が弱ったおぢさんはこの曲が好きなのである。 何が悪い?

在宅勤務や登校禁止で心が弱っているそこのあなた。 なんだか悲しくて涙が止まらないあなた。 お外を散歩してみよう。 よーく草むらをのぞいてごらん。 クサギカメムシとか、ベニシジミとか、公園のあちこちに隠れていて、あなたが見つけてくれるのを待ってるぞ。

虫さんだけじゃない。 どこかにあなたのことを思ってくれてる人 (あるいはサル) が必ずいるはずだよ。 世界は愛で満ちている のだから。 あなたにだって、壊れたツリーハウスの下で好きな子とキスしたり、タイヤのブランコで揺られたり、帽子をお花で飾ったり、お父さんの地図を持ち出して見知らぬ土地を探検に出かけた子供の頃の記憶があるでしょうが。 なんか、アメリカのテレビで日曜日の朝に見かける牧師様の説教のようなことを言ってる気がするが、なーに、気にすることはない。

だから、みんな大きな声で元気に歌うよ。

おー きーす みー!  びにーす ざ みるきぃ とぅわいらいと ・・・

 


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この歌聴いてるとそこら辺を歩いている人みんなにチューをしたい気分になるんだけど、そこは、ほら、コロナだから ・・・

 

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というわけで、皆さんはお元気ですか。 メンタルヘルス的には何やら私が一番危ない感じなのだが、そんなこと気にしていたら6月からの講義を始められないのだ。 

寺子屋風医薬品リベラルアーツの無料講義、思ったより多くの人から応募がありました。 どうもです。 今、講義日程を調整中です。 土曜日の午前中でやります。 人数が多いので、クラスを分けるかどうかを思案中 (講義回数が倍になるのはしんどいので、どうしようかと ・・)。 間もなくメールで案内を送りますのでちょっと待っててね。

なおこの講義シリーズ、むろん今回限りで終了ではなく、引き続きずっと受講申し込みを受け付けております。 受講希望者が一定数になった時点で、随時また次回のシリーズを始めます。 興味のある方は、いつでも研究室あてにメールしてくださいね (prstokyo あっと  mol.f.u-tokyo.ac.jp)。

皆さんのお知り合いで、このブログなんぞ読んだことのない人にも、気が向いたら、ご紹介ください。 あ、でも、ユーモアとジョークの分からん、エラソーな威張りん坊のおっさん・おばさんには紹介しちゃだめだよ (笑)。

 

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今回の無料寺子屋開始に当たって、家人は不機嫌なのである。

「土曜日の午前中ってね、あんた、いつもならぐぅぐぅ寝てる時間じゃないのよ。 月曜日から金曜日まで寝起きの悪い低血圧ザルを起こすのに苦労してるのに、この上、土曜日まで起こさないといけないの?」 と怒ってるのである。 す、すまん。 それに関しては返す言葉もありません。

「で、今回も無料でやるのね」 と呆れ顔だが、これについては過去15年間、無料出張講義をやるたびのことなので喧嘩にもならない。

だって、仕方ないのである。 大学にはオトナの事情があるから、私がホントに教えないといけないと思うことは大学では教えられないのである。 また、知識がホントに必要と思われる人たちには、大学からは手が届かないんだもの。 今どき、大学のセンセーが大学でエラソーにふんぞり返っていたって、業界の皆さんは寄ってこないもんね(大学の 「権威」 が必要なとき以外は)。 だから、私の方から皆さんに近寄っていくことにしたのである。 「無料」 はそのための方便である。 謝金をとると、むろんそれ自体が受講のハードルになる。 あとね、謝金って、私のことを嫌いな方々 (お上マンセーの方々、グローバル企業マンセーの方々、逆にお上や製薬企業に不信感をお持ちの方々。 ん? それって世の中のほとんどの人たちじゃないか(笑)) が私にイチャモンをつけるきっかけ (ほれ、COI だの癒着だの) になるからな。 あー面倒くさいこった。

もっとも、謝金を取らなかったら取らなかったで今度は 「謝金を取らないとはけしからん!」 と怒り出す方々が (嫁さんだけでなく、大学あたりから) 出てくるのである。 何をやっても誰かがどこかで怒り出すアホらしい医薬品まわりの世界。 大笑いだよね。

しかしいずれにせよ、寺子屋講義が無事に始まるかどうかが、家人が土曜日の朝、サル的なヒトをきちんと起こしてくれるかどうかにかかっていることだけは確かなのだ。 家人の機嫌を損ねたらそもそも講義が始まらないのである。 つまりは、これから数か月、家人へのコンビニスイーツの上納がしばしば必要になるということである。 うーむ。

「おいしいコンビニスイーツを3つ挙げ、その特徴を述べよ」 が受講生への最初の課題になったら、背景はそういうことである。 わかってください by 因幡晃 (ふるっ)。

 

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こんなにすごいネコ漫画を読まずにいたとは迂闊であった。

 

通称 「呪いネコ」 よんちゃんが窓から脱走しようとするときの表情が絶品。 にゃんこ好きは必読漫画です。 嫁さんの白眼もよいぞ。

 

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というわけで、また次回。

さびしい? そんな人は、ほれ、上の youtube をもう一度クリックして、Kiss me を歌おう。 

'Strike up the band and make the fireflies dance' の 'fireflies' を一音節で歌うのが日本人にはちょっと難しいけど、がんばろうね。

 

無料オンライン寺子屋、始めます

皆さん、お元気? いつものように息抜きに本ブログにやって来た方々には申し訳ないのですが、今日は告知。 というか受講者募集っす。

 

前から時々このブログでも書いてきたのですが、製薬企業の皆さん向けに無料出張講義をここ15年くらい、30社くらいやってきたのですが、今、休止中なのです。 どの会社も、こんな時期に、妙なウイルスを持ってそうなサルが自社ビルに勝手に来訪してきたら困るだろうし。 そこは理解できる (笑)。

 

で当面、代わりに、寺子屋ふうのオンライン講義をやってみようとか思ってます。 

  • 6月くらいから。 隔週土曜日 (つまり二週間に一回) の午前中(10:00-11:30くらい)に、Zoomで。(注:平日の夜の方が楽、という人が多ければ平日にするかも)
  • 講義は全13回予定。 多少増えたり減ったりするかも。 都合の悪い回はむろん欠席してもかまいません(家庭の事情もあるだろうし、大人なんだからご自由に)。
  • 想定する受講者は、製薬企業、CRO・SMO、お役所(厚労省・PMDA)、医療機関などで医薬品のお仕事に関わっている社会人。 年齢、経験は問いません (業界実務のノウハウなどとは次元の異なることを教えるので)。
  • 完全無料。 謝金や授業料は一切頂きません。
  • 受講者は10人くらいの規模を想定。 全員の顔と名前が完全に一致し、対話が十分にできる形で実施したいから。
  • まったく知らない世界の話を聞くのが楽しい・うれしい人を募集。 無知を指摘されると逆上するタイプのおっさん・おばさんはご遠慮ください。
  • エラソーなヤツ、威張るヤツ、口のきき方と礼儀を知らないヤツ、小野センセーのことが嫌いなヤツ、そんなヤツらは参加お断りだ、このやろー!
  • あと、お役所やビッグファーマの悪口批判を聴くとすぐ逆上してしまうバカユーモアとジョークが理解できない方も受講をご遠慮ください。
  • 所属する会社やお役所に受講の許可なんてものを取る必要のない形で実施します。 「勤務時間外に私が何を勉強しようと私の勝手でしょ?」 というタテマエ。
  • 以前に会社で一度出張講義シリーズを受講した方もOK。 会社でやった講義って、時間の制約もあり、一方通行で消化不良になった方々が多かったと思うので(すみません)、今回は一人一人と対話しながらじっくりやります。 気を遣う上司もいないから何を言っても安心だよ。

 

どんなことを教える講義かというと、こんな感じ。

 

医薬品開発・規制の概念の根っこを学ぶ

ー 医薬品のリベラルアーツ講義 ー

 

* 講義の概要

  • 医薬品関連の組織の中堅クラスが本来ならば知っているべき graduate school(professional school)レベルの概念スキルを紹介します。
  • やさしく教えますが、内容は実は易しくはありません。
  • あわせて勉強の仕方(世の中にはどういう学問・科学・専門があるか。どこで・どうすればそれを学べるか)を紹介します。
  • 「日々の業務にすぐに役に立つ」「PMDAの審査にすぐに役に立つ」的な know-how や how-to も講義の材料として含まれています。が、それらを学ぶことは主目的ではありません。

 

第1-3 倫理: よい・悪いを支える理論を学ぶ

  • 帰結主義の「道徳原理の樹」を基軸にして、よく知られた倫理規範の代表例を学ぶ。
  • 欧米流の決定・判断・評価(方法)の根底には必ず倫理規範があることを知る。
  • 政治哲学、生命倫理などの領域を上から眺めてみる(メタ倫理)。
  • 薬効評価の背景にある倫理・論理を明示的に意識できるようになる。
  • 「製薬企業がHPに掲げる 『高い倫理観』 ってなんだよ、それ。 意味不明じゃん」 と言える人になる。
  • 「・・・の視点」「・・の立場」を正しく使いこなせる人を目指す

 

第4-5回 効率と社会、そして企業の目的を語れるようになる(その1

  • ミクロ経済学の消費者・効用理論に考え方に触れる。
  • (第6回と併せて)医薬品という商品によるビジネスをすることの社会における意義を正しく説明できるようになる。
  • 医薬品のいわゆる経済評価の背景にある考え方(厚生経済学の基礎)を知る。

 

第6回 効率と社会、そして企業の目的を語れるようになる(その2

  • ミクロ経済学の生産者理論の基礎を学ぶ。効率的な生産量、商品の質の考え方。
  • (第3回と併せて)市場が達成すること・しないことを正しく理解する。

 

第7-8回 不確実性に関する諸概念:業界のいい加減なリスク論から卒業する

  • 不確実性をめぐる学問基盤と概念をできるだけ数多く紹介する。
  • 統計学の基本的な諸概念を確認する(頻度論、ベイズ)。
  • 新薬開発・承認審査における不確実性概念の現れ方を正しく理解する。医薬品開発とはそもそも何なのかを根本的に理解する。
  • 社会の厚生(幸せ)の関係で、企業がごまかしている統計学的な新薬開発の盲点を自覚する。
  • 行動経済学、リスク関連諸科学の入り口も紹介する。

 

第9-10回: 交渉とつきあい方の科学

  • ゲーム理論(協力型・非協力型)の基本と現実への応用の考え方を実例で学ぶ。
  • 医薬品規制の背景理論をゲーム理論等のモデルで理解する。新薬承認や時々起こる不祥事(薬機法・GMP違反など(笑))におけるお役所と企業の交渉をモデル化してみる。
  • ビジネスに役立つ交渉学の紹介も少々。

 

第11-13回: 論理と推論

  • 論理学の基本概念(論証の妥当性など)を学ぶ。「正しさ」のレベルを知る。
  • 科学哲学の基礎概念などを通じて新薬開発・承認審査・安全性評価の背景にある論理と倫理を正しく理解する ・・ というか、製薬業界や当局の論理と倫理が相当に怪しく、本当は 「何も考えていない」 に近いことを正しく知る (笑)。
  • モニタリングや監査の試みが必ず失敗する原理を正しく知る (笑)。
  • 薬効評価の論理、審査報告書やCTDにおける論理(特徴、限界)を正しく理解し、medical writerを含む皆さんがより良い文章を書く能力を身につけることを目指す。

 

 

「受けてみようかなぁ」 と思う方がいたら、5月28日くらいまでに、名前、所属(会社名とやってる業務くらいでOK)、ごく簡単な楽しい自己紹介を研究室 ( 東大・薬・医薬品評価科学教室: prstokyo あっと mol.f.u-tokyo.ac.jp )宛にメールして頂けませんでしょうか。 応募の秘密は厳守します。

寺子屋方式でやるのは初めてで、何人くらい希望者がいるのかがまったくわかりません。 応募状況を見た上で進め方を決めて (というか、そもそもやるかどうかを決めて) 個別にメールで連絡をさしあげたいと思います。 希望者ゼロなら、うちの研究室の社会人学生が強制的に犠牲になります。 たぶん(笑)。

質問がある方も遠慮なくメールしてくださいね。 うちの研究室の秘書さんも私も全然怖くないから安心してコンタクトしてください。 というか、私はそんなに怖くないのだが、秘書のおねいさんたちは実は結構 ... あ、いや、なんでもありません。

 

在宅勤務で会社にこき使われてくたびれ果てているそこのあなた。 会社に出社してたら、会社でいろんな体験(モチベーションアップの講習を含む)ができていたはずなのに、今はちょっとしんどい感じだよね。 お気の毒に。

気分転換の勉強って結構楽しいよ。 魂がリフレッシュするし。 もしかしたら人生が変わるかもしれない。 人生は変わらずとも、新しい概念を知ると世界の見え方が変わることは保証します。

興味のある人は遠慮なくメールしてください。 待ってますよ。

じゃあ、またね。

 

ティファニー本店を探さない

温かく、いろんなニオイが混ざったなんとなく愉快な風が吹く季節になりましたね。 ベランダでチェアリングと称しつつ読書をしてると、いろんな虫さんが来訪してくれる季節。 アブラムシとか、ゴミムシとか、カメムシとか、ハナアブとか。 私は小っちゃい友達が来てくれるのが嬉しくて仕方ないのだが、家人は 「布団が干せないじゃないの」 とブツブツ言ってる。 あれ、そういえば今年はまだツバメを見てないぞ ・・ などと呟きながら見上げる春の空。 皆さん、お元気?

 

緊急事態宣言だのなんだのと気分がさえず、現実逃避をしがちなサル的なヒト。 こんなときは映画の世界に没入して夢見心地になってやろうと思ったのである。 どの名画を見ようかと思案してたら、ふと、私の研究室で数年前に博士をとった、品川に研究所がある会社の聡明なおねいさん (この人ね → トントン、トントン、と - 小野俊介 サル的日記 )が今アメリカのニューヨークあたりに海外赴任していることを思い出したのだ。

実は少し前にサル的なヒトは、弟子であるこのおねいさんに 「5番街のティファニー本店の前で、クロワッサンとコーヒーをオードリー・ヘプバーンと同じポーズで食している写真を師匠に送るように。 あ、最近できたティファニー店内のこじゃれたカフェで食べてはいかんぞ。 なんでもカネで済まそうという卑しいニポン人根性を出してはいけない」 と命じたのである。 コロナ禍だが、「クロワッサンを口にくわえた可憐な日本人女性、ごっつい警備員に見咎められて必死に逃げるの巻」くらいの写真は撮れるだろうと思って (笑)。

ところが、なかなか写真が届かない。 研究も仕事もできる優秀なおねいさんなのに、どうしてこんな簡単な指令が実行できないのだろう。 よし、それならこっちから現地に出向くまでだ ・・・ とおもむろにグーグルマップのストリートビューを開いてみた。

おおっ、これは、まごうことなくニューヨークだ! 仕事でもプライベートでも何度か行ったニューヨーク。 夢と憧れのニューヨーク。 世界で一番楽しい都市ニューヨーク。 懐かしい思い出が詰まったニューヨーク。 自慢じゃないが5番街の情景は目をつぶっても思い出せるぞ。

えーっと、セントラルパークから南側に向かって歩いて、ティファニー本店はこのあたりに ・・・ 

 

ない。

ティファニー本店が5番街に、ない。

 

う、うわぁー、どうしたのだ? ティファニーって倒産したのか? そんなニュース聞いてないぞ ・・・  買物どころか、怖くてお店に一度も入ったことすらないのに、ティファニーはこの世から消え去ってしまったのだろうか? あまりの衝撃に、猿の惑星のエンディングのチャールトン・ヘストンのように呆然と立ちすくむサル的なヒト。

研究室のデスクで私がわぁわぁと大騒ぎしてたら、秘書さんが 「あれ? ティファニー本店って改装中ってニュースが出てますよ」 と冷静に指摘してくれたのである。 その後、弟子のおねいさんの同僚で、ニューヨークあたりに赴任してるうちの社会人学生 (研究室のセミナーに現地から参加してるという熱心さ) も本店の改装・一時移転の状況を細かく教えてくれた。 なーんだ、そうだったのね。

Kさんへの 「ティファニーで朝食を」 指令は一時停止だな。 本店が元の麗しい姿に戻ったらよろしくね。 研究室の同門一同、秘書さん、みんなで写真を待ってますよ。 健康に気を付けてがんばってね。

 


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*****

毎年この時期恒例のお知らせを一つ。 業務連絡っぽくて申し訳ございません (笑)。

 

東大薬学系研究科の大学院の入試説明会が5月8日(土)13:00- に開催されます。 今年も残念ながらオンライン開催です。 興味のある人は覗きに来てください。 といっても当日は短い説明時間しかなくて、通り一遍の説明しかできません。 私の研究室や学位取得について詳細な説明が聞きたい方は研究室に直接メールしてくださいね。

博士の学位取得を考えている人たちへのアドバイスは、過去に書いたものを読んでもらうのがよかろう。

これ → あ、そうだ、大学院に行こう! - 小野俊介 サル的日記

と、

これ → そうだ、大学院に行こう 再び - 小野俊介 サル的日記

をご一読ください。 「どの大学院に行くか」 についての基本的なアドバイスはこれらの記事に書いてあるとおりで、今も変わらない。 今、記事に付け足さないといけないのは、学位を取得しようとする皆さん自身への次の問いかけかな。

「皆さんは本当に勉強がしたいのですか? 学問がしたいのですか?」

最近の社会人の中には、大学院の博士課程を、DIAとかの業界人向けの研修コースと同種のものと勘違いしてる人たちが増えた気がする。 大学での研究を、会社やお役所の仕事 (研究、実務) の延長線上にあるものだと勘違いしてる学生も増えたなぁ。 これらの点に関してははっきり断言しておこう。 それって完全な誤解です。

だけど、そうした誤解を持った社会人を、誤解を解くことなくそのまま受け入れ、PMDAや企業での実務をそのまま研究と呼び、仕事・業務と同じ目線で論文を書かせて、それで 「よくやったね」 と学位をくれる大学院が現にたくさんあるのも事実。 へたすると指導教員の大学教授がそういった社会人と同レベルだったりするしな。

学位を出す医学部や薬学部の教授はむろんそれぞれに立派なご専門を持ったプロだが、必ずしも医薬品行政や産業の知識をちゃんと持ってるわけではない。 そもそもろくに知識のないそういった領域で、指導者として 「学問の知恵」 をひねり出す苦しみ (ホントはそれが学者の最大の喜びなんだけどね) をしなくて済むのなら、それはそれで楽ちんでいいや、と思っちゃうセンセーたちがいても不思議ではない。 社会人というカモがネギ背負ってやってきて、料理までしてくれるようなものだもの (笑)。

そんな現状に見事に適応した要領のいい社会人学生の中には、そのへんに落ちているデータを自分でテキトーにいじって、見てくれだけは立派な論文を自力でテキトーに書いて、「はい、学位取得の要件は満たしましたよ」 とさっさと卒業してしまう方々が結構いるのである。 そういった方々って、教員からろくに指導を受けずに自力で学位要件の 「形」 だけは作ってしまうのだから、見方によっては確かに有能である。 でも本当はとても気の毒だよね。 だって、その人たちって一ミリたりとも学問の深遠さ、苦しさと楽しさに触れてないのだから。 名刺に Ph. D. と刷るためとは言え、単に自分一人で残業して業務をこなしているのと変わらないんだもの。

そんな理不尽に陥らぬよう、うちの研究室では学生皆に 「人類の知」 に触れてもらいます。 知恵の海に飛び込み、教員とともに溺れて水を飲み(笑)、しかし最後には多少なりとも泳げるようになることを目指します。 それってなんら抽象的な目標ではない。 経済学、統計学、疫学、倫理、論理学、哲学などをきちんと勉強するだけのこと。 「卒論・修論の研究や、企業・PMDAの業務上の知識があれば自然に学問が出来る」 などという誤った先入観を捨てるだけのことである。

というわけで、大学院で 「おおっ! こんな知恵が人類にはあるのか! これは面白い!」 という経験をしたい方、 「フツーの業界人で人生を終えたくない」(笑) という方、そしてもちろん 「仕事とは違うことをちゃんと勉強したい」 という方は、ぜひ本研究室にコンタクトしてください。 相談に乗ります。 Ph.D. ? むろん Ph. D. は楽しく頑張った人すべてに漏れなく 「おまけ」 としてついてきます (ついてくるはずです)。

一方、「ビジネスパーソンとしてのキャリアアップ・ステップアップのために Ph.D. が欲しいのよ」 「製薬業界のグローバルなジョブマーケットで学位は必須でしょ」 といった理由が勉強への好奇心より著しく先に来る人には、うちの研究室はおすすめできません。 というか、良心的でまともな先生なら誰でも 「うーん。 あなたの動機は別に間違っているわけではないのだけど、何か勘違いをしてるかも」 と答えるはず。 悲しいことに、そういう 「良心的でまともな先生」 って、私の知る範囲では数えるほどしかいないかも。 あーあ。

 

*****

 

 最近つまらん専門書しか読んでおらず、皆さんにおすすめできる本があまりない。 すまんすまん。 この本は面白かったよ。 養老先生の近況だけでなく、猫のまるの最期のことを知ることができてよかったです。

 

養老先生、病院へ行く

養老先生、病院へ行く

 

 

ケインズの 「一般理論」 。 マクロ経済学のテキスト読めば理論自体は理解した気分になれるのだが、原書の文章一つ一つがやけに読み難いのである。 サル的なヒトも何度も原書にトライし、その都度跳ね返されてきたのだが、その理由がこの本でやっと分かったよ。 あれって、そもそも文章として無茶苦茶読みにくいのね。 たとえば本文が皮肉・他人の批判だらけなのだ。 読者は皮肉・批判の読解に苦労してしまい、話の本筋がよく分からなくなっちゃうんだよな。 それって、サル的日記の読みにくさとある意味一緒かもしれん (笑)。

 

超訳 ケインズ『一般理論』

超訳 ケインズ『一般理論』

  • 発売日: 2021/03/05
  • メディア: 単行本
 

 

といった感じで、じゃまたね。

コロナだろうとなんだろうと、春を楽しもうね。 外に出よう。 人間以外の自然に触れよう。 石とか虫とか風とか匂いとか。 今年の春は今年の春にしか楽しめないのだから。

 

行く春を惜しみつつ、手抜きもする

春なのですね。 皆さんお元気?

春の気分について、しみじみといろいろなことを書こうと思って昔の記事を読み返していたら、まるで今の気分をそのまま予言したかのような7年前の記事を見つけてしまった。 自画自賛するわけであるが、この記事、特段なんの力も入ってないのに、とてもかわいらしくて、いいのである。 読んでてなぜか涙が出てしまった。 自分の書いた文章に心打たれるサル (笑)。 それってどうなのかと自分でも思うが、そのまま再掲してしまおうっと。

 

これね → 

boyaboy.hatenablog.com

 

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春、心が乱れるのは老いも若きも同じ。 当たり前の春も、当たり前ではない今の春も、本質的には同じである。

もう少ししたら ・・・ そう、葉桜の緑がもう少し濃くなったら、新しい記事書くから待っててね。

 

春だから、さようなら

いろいろとさびしいことが多くて心が晴れない今年の春。 皆さんはどんな感じですか。 大丈夫? しくしく泣いてない?

 

震災の直後に始まった村上ゆきさんのラジオ番組が3月で終わってしまうのである。 TBSラジオ 「村上ゆきのスローリビング」。 10年前、震災そして原発ボッカーン、いろんな意味で心が凍り付きそうだったあの春の夕方。 ラジオからゆるーくやさしい声が流れてきたときには、ホント、涙が出そうになったっけ。

少しずつ世の中が明るくなってきて、ふと思いついて日曜日の夕方、この番組の時間にジョギングを始めたのである。 ゆきさんの歌声を聴きながら季節の移り変わりを肌で感じる30分間。 人生で初めて日曜日の夕方が辛いものではなくなった。 そんな番組が終わってしまうなんて ・・・

村上ゆきさんって、少し前に積水ハウスのCMソングを歌っていた人です。 エンドレスライスというユニットで 「結婚写真」 という、王道に涙が止まらない曲も出してます (youtube で検索を)。

私はこの曲も大好きである。 あ、あ、いかん。 またはらはらと涙がこぼれ落ちそうな春の宵。

 


ハルトラノオ 村上ゆき

 

「杉田敏 (さとし) です。 やさしいビジネス英語の時間がやってきました」 の NHK ラジオ英語講座も3月に終わってしまうことに。 なんと、34年前からずっと続いていた伝統の番組。 皆さんの中にも聴いてる (た) 人、多いでしょ? 私もずっと聴いてました。 ボストンに留学してたときにもテキストを買ってた、という筋金入り。

私の英語の8割はこの番組で鍛えられたものである。 留学できたのも、FDA の連中とガイドラインの書き方めぐって大ゲンカできたのも、今エラソーに学生の論文を直してるのも、杉田先生のおかげである。

私だけではない。 お役所の英語自慢連中の多くもこの英語講座を聴いてました。 二十数年前に北海道出張したとき、空気読まない系の同僚のあんちゃん (医者) と同じツインルームに泊まることになったのである (安い出張ツアーパックを使ったため)。 外で一緒に飯食って部屋に戻り、やることもないからとっとと寝てしまうことにしたサル的なヒト。 うとうとと眠りについたそのときである。 突然、部屋中に響き渡る大声が。 びっくりして目を覚まし隣を見たら、ベッドに腰かけたあんちゃんが大声で英語を喚 (わめ) いておる。 そう、こいつ、この英語講座を出張先でもラジオで聴いておったのである。 聴いておるだけでなく、ビニエットを大声で朗々と復唱しておる。 隣で同僚がもう寝入ってるのに。

杉田先生、この男、どうにかしてください (泣)

空気読まない系のこのあんちゃん、その後もお役所の内外で空気読まない系の事件を引き起こしているのだが、それはさておき、英語の学習意欲の高さだけは認めざるを得まい。 

就職してからずーっと続いていたラジオ番組が終わる。 なんか、自分の職業人人生も終わりかけているのだなぁということを身をもって知らされた感がある。 さびしいものである。

 

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中学・高校を岩手の一関という地で過ごしたので、地元の人たちのブログを時々のぞいていたのだが、そのうちの一つが今日で終了してしまった。 手賀沼の光景とアルツハイマー病になってしまった奥さんとの電話での会話を毎日欠かさずにアップしていた、おじいさんのブログである。 おじいさんご本人の視力が落ち、もはや写真を撮ることも、ネットに書き込みをすることもできなくなったとのこと。

気の毒なことに、コロナのせいで、この一年間は、日々記憶が薄れていく奥さんと直接に施設内で面会することが一度もできず、週に1回くらい駐車場から窓越しに顔を合わせるのみであった。 そのときの様子を丁寧に記事にしてたっけ。

おじいさん、これまで何十年もブログを書いてくださってありがとうございました。 自分と奥さんの介護の段取りをうまく整えて、しっかり養生してくださいね。

赤の他人とは言え、ブログや SNS でのつながりがある方が目の前から消えるのはとてもさびしい。 これからはこういう別れも増えるのだろうな。

おまいらも、サル的なヒトがくだらん妄言含蓄がある高尚な記事をいつまでもこのブログに書いてくれると思ってたら大間違いだぞ。 いつなんどき 「サル的日記、これが最終話でーす。 じゃね」 となるか分からんのである。 それがイヤなら、ほれ、遠慮なく研究室においしい栗羊羹とか、カニ缶詰め合わせセットとか、ネスカフェのコーヒー詰め合わせとか、送ってくれてもいいんだぞ。 金を出したくなければ、せめてコメントになんか書け。 な。 お互い短い人生なのだ。 ちょっとだけでも触れあえれば楽しかろう。

 

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そういえばだいぶ前に、ラジオ愛と自分がホントにジジイになったときの話を書いたことがあったのを思い出した。 8年前か。 同じようなことばかり繰り返し書いてるな、自分。 でもね、それでいいのよ。

 

boyaboy.hatenablog.com

 

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大学生・院生は卒業の季節。 最後の一年間、なんだか無茶苦茶な学生生活になってしまったね。 気の毒です。 だけど安心して。 こんな一年や二年、あっという間に遠い過去に流し去ることができるのが若者の強さです。 この先数十年間、自分の力でメシを食うことの喜びと苦しみをたっぷり味わってください。 頑張れ、若造。 応援してるよ。

 

♪ 美しく 美しく 風に立て 大空に向かえ

 


斉藤由貴~いつか

 

ところで、斉藤由貴さん、最近いろいろとわけの分からんことになっている気もする (笑)。 が、それも人生の味であり、深みである。

 

やさしい言葉とため息で そっと私を責めないで

やさしい言葉とため息で そっと私を捨てないで ・・・

(「かなしいことり」  作詞・作曲 銀色夏生

 

・・・ などと年輪を重ねた今の斉藤由貴さんに耳元で呟かれたら、男衆は魂が抜かれちゃうよな。 コトの善悪なんてもの、もうどうでもよかろう。 それで何が悪い。 人間だもの。

 


斉藤由貴・武部聡志・中島 愛 AXIA~かなしいことり~

 

懐かしい銀色夏生さんの名前。「このワガママな僕たちを」 が今も本棚にポツンと残ってる。 この文庫本は自炊して pdf にするようなものではないから。

僕らがたどってきた昭和からの数十年を思っていたら、なんかまた涙が出てきたのでこの辺で。

 

またね。

 

「問い」の知的レベル

暖かくなってきましたね。 沈丁花の香りが路地に漂う季節。 私はあの香りが大好きだから幸せだが、散歩中のワンコにとってはきつ過ぎてたまらんだろうなぁ、などと思いながらランニングをする日々。

で、皆さんはお元気ですか?

 

ところでサル的なヒト、何を血迷ったか突然 twitter を始めたのである。 「過去の記事で 「140 字しか書けないバカ人になってしまう」 などと (笑) あれほど毛嫌いしてたのになぜ?」 と不審に思われる読者もおられようが、モノは試しというやつだ。 君子も豹変するのだから、サルがツイ廃になったって不思議ではあるまい。

今、フォロワー数は0名。 堂々としたものである。 このブログについては、業界人の多くがこっそり暇つぶしに読んでることはこっちは分かっているのだが、twitter のフォロワーになるとそれが世間様に公表されることになる。 「あんな危険なバカに感化されるな」 と、私のことを毛嫌いしている腐れオヤジ連中から吹き込まれている方々は、無理してフォロワーになることはありません。 あいつら、陰湿に意地悪してくるからな。 気が向いたときに覗いてくれればオケー。 あ、匿名のアカウントなら身バレしないのか。

いずれにせよ、うまく気分転換の材料に使ってください。 よろしくね。

 

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大学院に入学したのはいいけど、「研究っていったい何をすればいいの?」 と途方にくれる方々が実はたくさんいる。 製薬企業のベテラン社員であれ、若い学生であれ、「学位をとりたい!」 と意気込んで大学に入ったものの、いざ研究を始めると、ほとんどすべての学生がまずは途方にくれるのである。

たとえば統計学的な分析手法 (ソフトウェアの使い方など) が分からない、といったことは悩みのうちに入らない。 きちんと勉強すればよろしい。 「論文を英語で書いたことがない。 投稿したことがない」 といった不安も、単に一度経験すればいいだけのこと。 翻訳業者に大金払えば、お金でも解決もできる。

困ったことに、今の学生さんってそんな些末なことばかり悩むのである。 そんなことよりも、ずっと大きな問題をあなたは抱えているのに、それには気づかないのよね。 ずっと大きな問題、それは 「研究って何だ?」 を一度も考えたことがないことである。

「研究とは何か?」「学問とは何をするものか?」に対する答え方の流儀はたくさんあるが、私が最も好きな答えは 「研究・学問とは 『問い』 を考えること・創ること というものである。 「人類が『分からないこと』 を見つけていく」 という言い方をする人もいる(「分からないことを解決していく」 ではないことに注意)。

これって学問の意義についての結構スタンダードな解釈なのだが、学生さんにはこの解釈の大切さ・味わいがなかなか伝わらない。 大学の教員にも 「学問とは何か」 を自問自答したことすらない連中がゴロゴロいるご時世だから、学生を笑えないのだけど。

 

最近の学会や研究発表会に参加すると、「問い」のない研究発表がやたらと目につき、げんなりする。

「流行りの領域(レセプトだの、薬剤使用だの、患者アンケートだの) のデータをいじってたら、なんか相関が見つかりました。 見つかったんだから、なんか意味があるんでしょうね。 以上」 みたいな研究。

あるいは 「XがYに及ぼす影響」 なんてタイトルを付けているのに、X→Yの因果関係なんて全く探ってない研究。 この手のタイトルの研究には、自分のやっていることをまったく理解していない 「研究もどき」 も多い。

困ったことに、世界のアカデミアで一般常識の因果推論の基本をまったく勉強してない学生が、薬学部にはゴロゴロいるのである。 過去数百年(正確には数千年)の人類の知恵として体系化された因果推論の哲学に畏 (おそ) れを抱くこともなく、また、今やありとあらゆる学問で使われる因果推論の方法論を勉強してないなんて、私にはちょっと信じられないのだが。

そんな 「研究もどき」 が蔓延する背景には、統計ソフトを使うと、脳みそがない学生でも傾向スコア(propensity score)とかを計算できてしまう状況がある (これも周知の事実)。 意味が分からずとも 「結果もどき」 だけは出てしまう倒錯を恥じているうちはいいのだが、多くの学生はいつの間にかそういう状況に慣れっこになって、「ソフトを使えることが分析モデルを理解していること」 と勘違いするのである。

さらにもう一つ、大学教員の言語能力が相当に落ちている気がする。 研究の技術的な詳細 (分析方法など) は大学教員はむろん理解できる(はず)だが、研究の意味・意義を過不足なく、適切に日本語で表現する力がどうも怪しい。 ざっくり言うと、日本語が不自由な大学教員が増えている。 

たとえば、学生が 「XがYに与える影響」 ではなく、何か斜め 45度のようなこと (たとえば別種の相関) を論文に書いているのに気付いたら、教員は 「君の論文、日本語が変だよ。 修正して」 と当然に指導しないといけないのだが、それができない教員、あるいは無頓着な教員がいて、妙な記載を放置してやがる。 これってダメである。

 

で、結局、研究の 「問い」 に戻る。

これまでの経験から、この手のダメダメ学生及びダメダメ教員は、自分たちが研究で問うていることを、日本語で正しく書こうとしたことが人生の中で一度もないのではなかろうか、と思うのだ。 そして、自らの研究の 「問い」 を明文化したことがないのは、そもそもそれを表現するための様々な能力、特に言語能力 (語彙、文法) が無いからではないか、と疑っているのだ。

「ややこしい分析やってるんだから、『問い』 が書けないわけないじゃないか」 と思うのはシロウトである。 断言するが、ややこしい分析はバカでもアホでもできるのよ。 公文式で小学生がドリルを解けるのと同じ。 研究の本質は、そして難しいのは、素晴らしい問いを創ることなのである。 それって数学などでは常識だが、社会科学だって同じなのだ。

「問い」 を書かせると、その人の学問レベル、というか知的レベルが露わになる。

私の研究領域だと、たとえば当局通知や ICH ガイドラインに詳しいだけの単なる物知りや、企業でグローバル開発・当局で承認審査に携わっているだけの人 (そうした実務が種々の原理や規範で支えられていることに気付けぬ人) は、所詮そのレベルの薄っぺらい問いしか書けません。

厚生経済学の第一・第二定理を知らん人は、効率 (たとえば費用対効果) に関するまともな問いは書けません。 ゲーム理論の均衡概念がない人は、PMDA と企業の交渉を抽象化した学問的な問いにできません。 倫理の知識がない人は、自分の問いに、せいぜいが出来損ないの功利主義でしか正当性を与えることができません。

因果論の深みを知らぬ人は、まともな 「問い」 がそもそも書けないのは上述のとおり。 言語哲学の深みを味わったことがない人は、自分自身が言葉で表した 「問い」 が世界の姿とどう対応しているのか (前期ヴィトゲンシュタインね) といったことを楽しく思い悩むことなど決してないと思います。 

その人が創ることができる 「問い」 のレベルが知的レベルを表すのは、学生だろうと教員だろうと同じである。 ほれ、学生をエラソーに指導してるそこのセンセー。 あなたも研究者なら、自分自身の研究の 「問い」 を日本語で書いてみるとよかろう。 で、書けた 「問い」 を私に送ってくれれば、センセーの知的レベルを 「最底辺の私よりはマシ」 か 「最底辺の私よりひどい」 の2段階で評価してあげるぞ (笑)。(注) 遠慮すんな。

(注) 自分を卑下した冗談などではない。 私の知恵のレベルなど最底辺である。 マジで。 海外のすごい学者と対話をすればそれがすぐに分かる。

 

学生さんは、自分ならではの 「問い」 を生み出せるよう、頑張って勉強してください。 深遠で、豊穣で、ふくよかで、楽しくて、斬新で、とんがった 「問い」 を期待してますよ。 大学内の勢力争いや、学会での出世や、メディアへの露出や、政府審議会のポストや、老後の天下りのことばかり気にしている教員連中がつくる、偏狭で手垢のついた 「問い」 を笑い飛ばしてやれ。 頑張れ、学生さん。

 

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統計の大先生フィッシャーさんは、ランダム化という人類史上一、二を争う大発明をしたときに、こう認識したそうである。

... An uncertain answer to the right question is much better than a highly certain answer to the wrong question. 

正しい 「問い」 に対する不確実な答えの方が、間違った 「問い」 に対する確実な答えよりずっとマシである。

 (Judea Pearl & Dana Mackenzie. 'The Book of Why' より)

 

ね、頻度論のご本尊の言ってることと今日の私の記事の趣旨、違う文脈なのに見事にマッチしてるでしょ? 自画自賛

ちなみに最近、「ビッグデータを使えば、そこから (モデルに依存せず) 分析結果が何か出るのだから、それでいいだろ? 『問い』 とか、因果モデルとか、そんな面倒くさいものは統計学の分析には要らないのよ」 的なことを言うバカデータサイエンティストが多いらしいのだが、パール先生は、そうした連中を同書 ('The Book of Why') で徹底的に皮肉ってます。 この本、面白いからおすすめだよ。

 

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じゃまたね。 今日の記事も理屈っぽくてすみません。

「葬送のフリーレン」。 多くの人たちがもう読んだとは思いますが、未読ならばぜひ。 サイコーです。 子供は子供の感覚で、大人(私のようなジジイ)は大人の感覚で、このマンガの素晴らしさが分かりますよ。