映画、小説、漫画といった虚構、作り話ってなんだか不思議である。 虚構の中にある情景、そしてそこにいる登場人物って、どこに、どういうふうにある・いるんだろう?「車 寅次郎」ってどこにいるんだろう? 我々の頭の中? それは頭の中に「豊臣秀吉」がいるのとどう違うの?
虚構世界の存在論は哲学の重要な領域である。 とても深遠。 天才哲学者クリプキの「固有名って何?」の講義でも虚構世界の固有名の議論は何度も登場し、実はどこか怪しい(決めつけの)結論になっているような気配もある。 が、哲学世界のややこしい議論は措いておこう。 なんせここはサル的日記。
虚構は楽しい。
自分の中に染み込んでるけど、自分とは別物の世界。 そんな虚構世界が何千、何万と私の中にあって、何千、何万(いや、もっとか)の登場人物(無数のゾンビ、ゴジラ、イーサン・ハント、ブレードランナーを含む)が皆生き生きと生きている。
虚構世界・登場人物たちが私の中にある・いることは確かである。 が、もしかしたら気づいていないだけで、私の外の世界にもそうした世界・人物たちがある・いるのかもしれない。 その境界を踏み越えるのは、私自身が半ば虚構のヒトとなる時、つまり私が死んであの世に行く時なのだろうけど、最近、生きているうちにほんの少し、その境界を踏み越えたいと思うようになった。
虚構の世界にちょっとだけ行ってみたい。 もっと分かりやすく言うと「映画や小説の舞台に行きたい(笑)」
「虚構世界の存在論なんて難しいこと言っておきながら、あんた、それって単なるミーハーじゃないか。 USJ のハリーポッターのアトラクションを喜んでる連中と同じだ」・・・ とサル的なヒトを揶揄するのは的外れである。 そんなもの同じに決まってる。
死ぬまでにぜひ訪れたい虚構と現実の架け橋をいくつか紹介します。 皆さんと一つでも共有できたらいいのだけど。
その1。映画「彼女がいた夏(Stealing Home, 1988)」のラストシーンの前、主人公がケイティの遺灰を空と海に撒いた桟橋と海辺。 New Jersey の Fisherman's Cove というところらしい。
野球少年だった主人公のビリーが 6歳上の従姉のおねえさん、ケイティ(ジョディ・フォスター)に恋をした夏のお話。 二人は離れ離れになり、その十数年後、ケイティは自殺。 なぜか「私の遺灰のことはビリーに任せて」 という遺言を残して。 悲しみの中、最初は遺言の理由が分からなかったビリー。 だが、ふと思い出したのである。 十数年前のあの夏、ケイティがこう言っていたことを。
See that's all I want to do Billy-Boy.
I want to leap off this pier and fly high in the air, hang with the wind and drift through the clouds…God I wish I could do that...
ビリーくん、私のしたいこと、分かってるよね。 私はこの桟橋から飛び立って空高く舞い上がりたい。 風に吹かれて雲の波間を漂いたいの。
神様が願いをかなえてくれるかな ...
その桟橋が New Jersey に今もある(らしい)。 それを見ずして死ぬわけにはいかない。
この映画、まだ幼い表情が見え隠れする若き日のジョディの輝きがまぶしい。 超有名女優になる少し前。 ストーリーも堅実で美しく、初めて見た 35年前も、そして今だって、涙が盛大に出てくる。 ただし昔と今とでは、流れる涙の味と意味が違うよなぁ・・・ ビリーだけではなく、僕らも皆、年をとったから。
その2。 藤井風の「満ちていく」の MV に登場するニューヨーク近郊の古いピアノ屋さん。 MV のつくりが短編映画そのもので素晴らしいので、もしまだご覧になられてない方がいたら youtube でどうぞ。
藤井風が演じる MV の主人公は仕事がうまくいかず、人生のどんぞこ。 打ちひしがれて乗った NY の地下鉄。 ふと見ると隣の車両に、今はもういないお母さんの姿が。 その幻に導かれるように、彼はある楽器店に向かうのである。 子どものころ、お母さんに手を引かれて入った楽器店。 即興でピアノ演奏してくれる母を見ている幸せ。 そんな思い出の場所。
なおここは本物のお店なので、営業の邪魔をしてはいけません。 が、行きたい。
その3。映画「エクソシスト(The Exorcist, 1973)」で、悪魔に取り憑かれた少女リーガンを救うべく、悪魔を自分に取り憑かせて飛び降り自殺したカラス神父。 その現場、普通の住宅街にある急な階段。 ワシントンDCのジョージタウンにあります。 有名な観光名所になっていて、ガイドブックにも載っている(笑)。
虚構だから怖がりの私でもさほど怖くはないぞ(・・・と強がってみる)。 時代を代表する(ホラーを変えた)映画の素晴らしさ。 何度見ても唸ってしまう。
実は、ジョージタウン大学で仕事をした際に何度もその近くを通ったのだけど、なぜかそのときにはこんな大切な地がすぐそばにあることを失念していたのである。 なんてこった。
その4。映画「アンタッチャブル(The Untouchables, 1987)」のラストシーン、シカゴのサウス・ラ・サール・ストリート。 通りの先に歴史的建造物のシカゴ・ボード・オブ・トレードが見える、まさにこの映画を象徴する美しい景観。
映画のエンドクレジットとともに流れる勇ましい主題曲を聴きながら、「禁酒法の廃止? そりゃよかった。 一杯やるさ」 とつぶやき、主人公のエリオット・ネス(ケビン ・コスナー)のように颯爽とこの通りを歩むことができたら、僕はもうこの世に思い残すことはない。そのくらいの究極の映画的カタルシス(精神浄化)。・・・しかしまぁ、せっかくシカゴを訪れたのであれば、この世を去る前に、名物のホットドッグとごっついピザくらいはちゃんと食べておきたい。
その5。 村上春樹の「蛍」で登場する文京区の学生寮の屋上。 友人の死、病んだ恋人との離別。 大切な何かを失い続ける大学生の「僕」。 そんな僕に、寮の部屋の同居人(「突撃隊」。一年中同じ黒の学生服を着て、吃音があって、地理にしか興味がなくて、将来は国土地理院に就職したいという男子)が柄にもなく「女の子にあげるといいよ。 きっと喜ぶからさ」 と言いながら、蛍をくれた。 インスタントコーヒーの空瓶に入った一匹の蛍。 夏の夜、「僕」は寮の屋上に上って、瓶の蓋を開け、蛍を夕闇に放つ。
このお話を初めて読んで以来何十年もの間、その情景は僕の中でまさしく現実と虚構の狭間にあった。 目を閉じると、屋上の様子ー錆びた手すり、古びた貯水槽―がありありと浮かんできて、夢か現か自分でも分からないくらい。 もはやどっちでもいい。 どっちでもいいから、そのシーンの中に自分の身体を置きたい。 小一時間、夕闇に包まれていたい。
村上春樹さんが住んでいた学生寮ってあの有名な椿山荘のそばにある。 蛍はたぶん椿山荘から飛び出したもの。
実家に帰省した「突撃隊」は、夏休みが終わっても寮には戻ってこなかった。 理由は分からない。 そういう別れも僕らの人生には無数にある。
潜り込みたいお話の世界は他にもたくさんあるのだけど、今日はこの辺で。
皆さんもこんなふうに夢想にふけってみたらどうですか。 楽しいよ。 目を閉じるだけで違う人生を生きられるって、幸せ。 仕事ばかりしてると、ダメな人間になるよ。
じゃまたね。




