小野俊介 サル的日記

いや、その、サル的なヒトだから・・・

学生さんへのアドバイス

例によって精神的にヘロヘロ、イライラなので、今日は短く。

今、ウチの学生さんは最後の成果発表会の準備で大変である。 気合が入る割には発表時間が短かったりするので、皆パワポでのスライド作りに余念がない。 そう、あのパワポである(笑) まずはこれを読んでもらうのがよかろう →危険なパワーポイント - 小野俊介 サル的日記

いいですか、学生の皆さん。 きれいな、聴衆にわかりやすいスライドを作るのなんて、そんなの当たり前のことなのよ。 役所の法令事務官の若手が閣議に提出する「正本」を和紙にちゃんと印刷して、こよりでちゃんと綴じることができるとか (うーむ、毎度毎度のわかりにくい喩えだな(笑))、お医者さんが静脈注射の仕方を知っているとか、そういうレベルの当然さだよ。 皆さんが、今、発表会を目前にして、死ぬほど気合を入れるべきことは、そんな当たり前のことではなく、「これまでの自分の研究を100%咀嚼し、吸収し尽くし、自分の血肉にして、その価値を自分が100%理解しようと最後まであがき、もがくこと」 です。

「これまでの長い研究生活で、そんなプロセスは終わってるさ。 もう十分自分のやったことは理解できている」 って? そんなはずはない。 皆さんの研究は、一見簡単なものからややこしいものまでいろいろあるけど、基本的にはすべて 「一生モノ」 の深さがあるはずです。 例えば、新薬のグローバル開発オプションの背景メカニズムを探る研究。 深いよ。 ややこしいよ。 難しいよ。 私に同意するR&Dの研究者や業界の方、手を挙げてもらえますか? ・・・ ほら、482人の手がすぐに挙がった(笑) 

私も、日夜、君たちと同じテーマを一緒に考え続けている。 何十年間も。 でもまったく答えにたどり着いた気がしないのですよ。 実際、皆さんの分析結果を見たり、皆さんとのディスカッションをするたびに右往左往してるでしょ? 「うーん・・・」と言って頭を抱えているでしょ?

皆さんは、せっかく、そういうきわめて現代的な学問における超難問、天からの贈り物に取り組んでいるのだ。 その幸せな日々、残された研究の日々はごくわずか。 最後の最後で、わかったような気になって、発表スライドの見てくれを良くしたり、発表の印象を良くしたりに取り組むことが研究の総仕上げだ、などという愚かしい勘違いをしてはいけない。 そういうことは、大学(学校)という狭い世界を卒業して、社会人になれば毎日でもできる。 いや、強制的にやらされる。

少なくともこれまで数年間、僕らは学問に取り組む仲間、同志でしたよね。 だから、これは同志としての(そして人生の少しばかりの先輩としての)アドバイス。 上手に発表なんかしなくて良いのです。 聞き手に迎合して、研究(発表)の質を落としたり、内容を歪めたりしてはいけません。 まずは、「これまでの自分の研究を100%咀嚼し、吸収し尽くし、自分の血肉にして、その価値を自分が100%理解しようと最後まであがき、もがく」。 その上で、学問と自分の研究テーマを愛した証を、誠実に、全力で、聴衆に伝えようと努力してください。 それで十分。 それで言いたいことが伝わらなければ、それは心(と脳みその回路)を閉ざしている相手が悪いのです。 (注 1) そう開き直ってかまいません。 皆さんがポラニーのいう「創発」の世界を尊び、そこで誇りを失わずに生きたいのならば。

(注 1) そういう心が閉じた、不誠実な人たちと無理してコミュニケーションをとろうとすると、あなた自身が病気になります。 不誠実な人たちに傷つけられたことを忘れようとする無意識の自己防衛として、自分自身の本心が閉じてしまい、本心とは違うことを平気な顔で言い始めるという病気です。 さらに、病気になったあなたは、あなたのまわりの人たちに、その病気をうつしてしまう可能性が高いのです。 これはハラスメント蔓延の基本構図です。 後述の安富氏の本を読もう。

私のアドバイスは、自己欺瞞まみれの自分たち(大人)の生き様への反省でもあります。 「創発」のかけらもない世界、心を閉じた見せかけだけのコミュニケーション(つまりハラスメント)が蔓延する世界に、若者の君たちの方からわざわざクビを突っ込むべきではありません。 

悲しいことに、君たちのまわりにいる大人の多くは social self (「世間様がこう見てるのだから、期待に応えろよ」 に応じてしまう自己)しか持っていないことに自分自身が気付かない哀れな人たちなのだ。 免疫を持たぬまま、また、ワクチンも無い状態で、そういう人たちの病気が君たちに感染してしまうことを、私は良しとはしない。 微力だけど、やれることはやります。  

ということで、番外講義はここまで。 さらに勉強したければ、この本を買って読むこと。

生きるための経済学 〈選択の自由〉からの脱却 (NHKブックス)

生きるための経済学 〈選択の自由〉からの脱却 (NHKブックス)

学生さん、がんばれよ。 応援してるよ。 研究室の評価を上げるためではなく、教員としての私の評価を上げるためでもない。 君たちに対する私の真心から。 夫子の道は忠恕のみ(孔子