小野俊介 サル的日記

いや、その、サル的なヒトだから・・・

棒手振り(ぼてふり) りすくべねひっと

先週の月曜日は台風のせいでひどい目にあった。 毎週月曜日はレギュラーコースという講習会がある日なのだ。 主催者としては、できるだけ予定どおりに講習会は開催したい。 しかし、無理して事故でもあったら大事である。 秋の台風シーズンはいつも天気図とにらめっこして、頭を抱えることになる。 しかし、自然には勝てんのである。

先週は台風のせいで講師の飛行機が飛ばず、休講に。 受講生の皆さん (そして講師のA先生とN先生)、すみませんでした。 もしかして 「受講生用の大量のパンとおにぎり、誰が食べたのか?」 と心配してくださる心優しい方がおられたかもしれぬが、納入業者さんのご配慮で無事にキャンセルできました。

しかし、今週もまた月曜日 (明日) の夜くらいが危ないらしいのね、例の迷走台風。 毎時更新される天気図を眺めながら、なんとか月曜日の夜、講義を受けた皆さんが無事に帰宅するくらいまではお天気がもってくれないかと祈るような気持ちである。

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レギュラーコースネタの続き。 明日は後半のディスカッションのテーマ発表とくじ引きの日である。 ディスカッションのテーマは、過去11年分のネタのプールの中から面白かったヤツ、そして、最近流行りのトピックから新ネタを私が用意する。 計4題。

ネタ選び、けっこう大変なのですよ。 だって業界の皆さんって、流行りモノ (例:国際共同開発、HTA) のテーマを出すと、D○Aだとか、れ○ゅらとりーさいえんす学会だとかの基調講演で業界代表あるいはお役人代表が話しそうなつまらない毒にも薬にもならぬことばかり、プレゼンに詰め込んでくるんだもん。

ちょっと知恵が必要なテーマも危なっかしい。 「リスクベネフィットという概念を議論して!」 と出題すると、業界人って判で押したように天秤のイラストを貼り付けてくるし。 左側がリスク、右側がベネフィットで、両側にいろんなものを載せて、重さを測るらしいね。 そういうリスクベネフィット観って相当に幼稚な気がしますよ。 どのくらい幼稚かというと、このくらい(笑)。

江戸時代 (享保年間) の大阪道修町あたりにはこのような 「りすくべねひっと売り」 がいて、「りすくとべねひっと」 の量り売りをしていたという記録が残されているのだが、業界人って昔からリスクとかベネフィットとかをこんな風に天秤に載せることに何ら疑問を持たなかったらしいな。 

治療効果だの、副作用だの、高コストだの、製薬企業の収益だの、ドラッグラグ(の解消)だの、政府の税収増だの、個別化医療の推進だのといった目につくものをすべて、なんでもかんでも天秤に載せちゃって、「はい、ベネフィットの方がリスクよりも重ければOK」 なんだってな。 企業の儲けという大切なものを右に載せればいいのか左に載せればいいのかが分からず、テキトーにどっちかに載せたりしてる (笑)。 驚くべき大胆さである。 オラ、ビックリだよ。

今のビジネスピーポー、すなわち困ったことがあると紙に縦に一本線を引いて、 左に pros を、右に cons を書いて物事を考えてしまう中枢性疾患に冒された人たち (注 1) に多いのだが、こういうリスクベネフィット観って、危険。 この手の考え方はいつでも正当化されるわけではありませんよ。

(注 1) 僕らの世代だと、映画 「クレイマー・クレイマー Kramer vs. Kramer」 の中でダスティン・ホフマンがこれをやってたのを思い出しますね。 失業した父親が子供の親権を母親に取られそうになったときに、小さな会社に再就職をするかどうかを決める状況だったかな。 懐かしい。

「あれ? 費用便益分析っていう手法があるんじゃないの?」 って? うん、確かにあるけど、それはコストベネフィットアナリシス。 リスクベネフィットの分析ではないし、pros & cons 分析でもない。 正しく費用便益分析を行うには一通りの経済学の知識が必要です。 さらに、医療の文脈で費用便益分析を行うのは結構しんどいのよ。 扱うのがヒトの命だから (だから薬の世界では費用効用分析という特殊な世界に退避することが多いわけである)。 要するに、こういう天秤図式で語れるのは、せいぜいが単なる個人の思い入れ、ということ。

仮にあなたが結婚相手をホントに pros & cons のリストで決めてしまうたぐいの人間であったとしても (そういう人とはお付き合いしたくないが)、医療・お薬の世界でリスクベネフィットを考えるためには 「社会と個人の関係 (構造)」 「社会の評価と決定(の構造)」 に思いを巡らせないといけない、ということをお忘れなく。

・・・ というわけで、今(日曜日の夜 23:49)、テーマを、皆さんが毎回派手に棒手振りが登場させてくれる 「リスクベネフィット」 にするか、あるいは、もう一つ別の面白いテーマ 「企業・国が刑事・民事で訴えられる仕組み」 にするか、悩んでいるところである。 うーむ。 どっちにするかは、明日の夜をお楽しみに。

最後にこんなことを告白するのもなんだが、そもそも私には 「リスクベネフィット」 という言葉の意味がまったく分からない。 どうせまともな分析などできもしないのだから、もっと身の丈にあった言葉、たとえば 「長所と短所」 あるいは 「製品の特徴」 とでもすればいいのに。 こんな趣味の悪い外来の意味不明語を嬉しそうに使ってしまうのは、医療人や製薬業界人が自分たちを 「パンピーとは違う何かすごい判断ができる知恵者たち」 と勘違いしてるからではないか、と疑っている。 そういえば昔こんな記事も書いてたっけ。 ご参考まで → リスクベネフィットの考え方 再び - 小野俊介 サル的日記

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週末は、見逃していた映画を。 「黄金のアデーレ 名画の帰還 (Woman in Gold)」

クリムトのあの名画に惚れ込んでいる方も多かろう。 あれがどうしてウィーンからニューヨークに 「帰還」 したかの実話に基づく映画。 おすすめです。 またここでも悲劇の源はナチスの残虐非道な行為であり、戦争である。

そんな醜悪な連中と日本が組んで、いろんな国の人たちがたくさん死んだ戦争について考える重点月間8月ももう終わりだな。 おっと、この名作を読み返すのをうっかり忘れるところだった。 未読の方はぜひどうぞ。 

夕凪の街 桜の国 (アクションコミックス)

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平和は素晴らしい。 自由は素晴らしい。 ひとりひとり、人間はみな愛おしい。