小野俊介 サル的日記

いや、その、サル的なヒトだから・・・

英語帝国主義

昔の通産省の同僚Mくんがまだ学生だった頃、旅行でアメリカ西海岸、サンタモニカの海岸の砂浜に行った。 ビーチではアメリカ人のにーちゃんたちがビーチバレーをしていたそうな。 Mくんは背の高い爽やかなスポーツマンである。 ビーチバレーをしている同世代の若者の楽しそうな様子をギャラリーの一人として見ていたら、我慢できなくなって、彼らに向かってこう叫んだそうだ。

" Hi guys ! Do you join me ? "

( ゚д゚)???

ゲームを中断し、怪訝そうな顔でMくんを見つめるアメリカ人たち ・・・

幸運なことにMくんは仲間に加えてもらえたそうだが、今にして思うと、そのアメリカ人のにーちゃんたちは不気味な思いをしただろうなぁと笑いがこみ上げてくる。 「ねぇ君たち、俺に加わりますか?」 って言いながら歩み寄ってくる謎の東洋人って、やっぱりちょっと怖いと思うのだ。

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英語は難しい。 40年近く勉強しているのに、どうやってもうまくなった気がしない。 逆に、勉強すればするほど、いかに自分が英語という言語の真髄から遠いところにあるか、外人の思考形態を真似できないかが理解できるようになる。 学べば学ぶほど、ルサンチマン (怨恨、憎悪) に似た感情がこみ上げてくる。

医薬品業界には英語の上手なヒトはたくさんいる。 社内やシンポジウムのプレゼンで上手に笑いをとれたり、外人に 「君は英語がうまいねぇ。 どこで習ったの?」 なんてミエミエのお世辞を言われたり。 TOEFLTOEIC で満点レベルの成績を取れたり。 そういうレベルの人たちは、製薬企業、お役所、医療系の大学には掃いて捨てるほどいる。

大学には、それとは次元が違うレベルの英語の達人がいる。 英語を教える教員・研究者である。 例えばイギリスやアメリカの大学院で、英米文学や言語学の PhD をとっているような英語のプロたちである。 この達人たちは、その辺のフツーの外人の書いた英文を 「正しい英文」 に添削する力を持っている。

このレベルの先生方が英語を話しているのをちょっと聞くと、それだけで彼らが只者ではないことがすぐにわかる。 彼らの凄さをうまく表現するのは難しいのだが、なんというか、言葉の選び方があまりに適切で、過不足が無いのである。 「うーむ。 なんと含蓄のある、頭の良い表現を使うのだろう ・・・」 とうっとりする感じ。 医薬品業界のプレゼンなどでそういう経験をすることはまずないよね。

先日、光栄にもそういう英語の達人教員の一人と、今の医薬品業界のことを話す機会があったのである。 私から見た業界の現状、

  • 日本企業でも外人さんが上司になると、英語ができないことでクビになりかねないこと
  • 底の浅い定型的業界表現をペラペラと話せるだけの日本人が、グローバル企業の本社が求める日本人像に見えること。 英語で欧米人に言い返す日本人は排除されること。
  • 外人さんは、英語で書いた申請資料をそのまま日本政府に提出したくて仕方がないこと

などを話したら、達人はうーんと表情を歪めて 「英語帝国主義は、医薬品の世界でも、もうそこまで広がっているのですね。 今の日本の英語教育や英語の社内公用語化は日本を滅ぼしかねないのですが、皆さん分かっているのでしょうかねぇ」 と深く呻 (うめ) いた。 そして達人は、きっぱりと 「小野さん。 英語なんか勉強しなくていいんです。 英語以外のことを、しっかり、勉強してください」 と言い切った。

私も英語の素人なりに今の状況ってとても危険だと思うのである。 職業柄、日本の業界人が書いた英語論文やプレゼンを査読・添削することがあるが、書かれている内容の恐ろしいまでの薄っぺらさに驚かされることが多いのだ。 日本語では絶対に使わない幼稚な表現を英語では平気で使ったり、「医薬品開発のグローバル化の進展に伴い・・」 などという陳腐な決まり文句を論旨とは無関係に使ったり、論理の流れが無茶苦茶だったり。 私は基本的に優しいから (本当です)、気付いたところは指摘し修正してあげようとするし (だから指摘事項が長くなる)、英語がひどいなぁという理由で査読結果を「reject」にすることは無い。 でも、欧米人の impatient な査読者の中には、その手の poorly written な日本人の論文を中身を読む前に瞬殺してしまう人たちが当然たくさんいるのですよ。

で、これが実は英語の問題ではないことにもお気づきだろう。 我々が目にしているのは、母国語の日本語でまともな文章が書けない人たちに、英語のまともな文章など書けるはずがないという厳然たる事実である。 創造的なこと、人目を引くこと、楽しいこと、説得力のあることが日本語で書けなければ、英語では当然無理だということ。 政府発表や業界紙や業界のシンポジウムで出てくる、干からびた決まり文句や業界のステレオタイプな常識しか語れない人たちは、英語でも同じことしか語れないということ。

これも職業柄、私は、業界人の書いた日本語のレポートや論文もたくさん読む。 まともな文章も少しはあるけど、どちらかと言うと暗澹(あんたん)たる気持ちになることの方が多い。 まるで脊髄反射のようにどこかで見たことがある表現のコピペが並べられているだけ。 思索の跡などみじんもない。 顔の見える読み手 (講師、採点者) に向けて書いた文章ですらこれなのだから、不特定多数に向けたtwitter・ブログ、ましてや匿名掲示板への腐った落書きなんて、本能に任せた爬虫類の情動表現並になってしまって当然だよな、と悲しい気持ちになるのだ。

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大学のメールって、Gmail なんかと違って、結構いい加減にジャンクメールが届いてしまう。 毎朝、「げげっ、今日もまた結構来てるなぁ」 なんて思いながら、いちいち迷惑メールホルダーに移したりするわけだが、昨日届いたこいつは、なぜだかちょっと目を引いたのですよ。 どことなく愉快な感じ。 

hello
My name is Peter Kruse. I represent a company csis.dk, we are struggling with hackers for many years already. We found out that you sent a virus disguised as an ordinary letter and now they want to steal your money. File in the attachment of the letter to remove viruses from your computer. Please treat it carefully this grupa stole more than a USD 10000000.
Write the result on my tweeter https://twitter/peterkruse

ここまで雑で、投げやりな詐欺メールは珍しい。 誰が誰にウイルスを送っているのかもよくわからないし、「USD 10000000」 なんていうゼロの数もいい加減な感じで、実に風情があって。 読んでいて 「フフフ ・・・」 などと口元が緩んでしまいましたよ。

要は、メールに添えられている危ないファイルをクリックしてもらいさえすれば良いのだから、ここに書かれている文章の質などどうでも良いわけで、これはこれで十分に合理的だ。 いわばメッセージの発信自体に何ら費用も便益も生じない (ゲーム理論の不完備情報ゲームの) 文字どおりチープトークの世界。 チープトークって、書かれている字義上の内容に意味は無い。 「あー」 とか 「うー」 でもいいんだよね。

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日本の業界人の書く英語・話す英語が、いや、日本語が、この迷惑メールのレベルに、そして単なるチープトークに向かって劣化しているような気がしてならない。 杞憂であれば良いのだが。