小野俊介 サル的日記

いや、その、サル的なヒトだから・・・

僕がスパイだったあの頃

疲れているので、ややこしいことが書けない。 今晩はラジオネタでお茶を濁そう。

僕は昔スパイだったのだ。

・・・ なーんて書くと、訳も分からず 「不謹慎だ」 などと怒り出す人が出てくるので (そんな阿呆などどうでもよいのだが、公安に張り付かれると気持ちが悪いので(笑))、一応誤解を解いておこう。

少年時代の趣味、BCL (Broadcasting listner)の話。 僕らが小学生の頃(1970年代)流行りましたよね、BCL。 海外の短波放送を受信して、受信状況と内容を書きこんだ報告書をその放送局に送ると、ベリカード(verification card)というとてもきれいなカード・受信証明書がもらえるのである。 今でもこの仕組みは生きているし、BCLやっているヒト、今もいるはずである。

貧乏サラリーマン子弟の私は、SONYスカイセンサー5900 などというブルジョア階級の高級ラジオは当然買ってもらえず、実用一点張りの安ラジオで、苦労しながら海外放送を聴いていた。 貧乏人なりにアンテナを張ったり (家の中のカーテンレールを使ったりして)、アースをとったり。

でも、その手のせせこましい工夫には限界がある。 「エクアドルの声」 といった地球の裏側からやってくる微弱電波は、安ラジオでは受信できないのよ。 貧乏ラジオでもはっきりと受信できるのは、そう、例えばああいう国の公共放送ですよ、ああいう国の。 日本のまわりにある 「ああいう国」 の強力な電波による宣伝放送。 ちなみに、40年前には 「ああいう国」 がいくつかありました。 当時の国際情勢を思い出そう。

届いている電波の発信元が危険な社会主義共産主義の国かどうかなんて、小学生には本当のところは分からない。 小学生の頭にあるのは、きれいなベリカードをちゃんとサービスして送ってくれるかどうかという、その一点である。 東西冷戦といった知識は子供にはないしな。

自分、真面目で几帳面な性格の少年だったから、次のような報告書を便箋数枚に詳細に書いて、ああいう国の放送局にせっせと送っていた。

受信日: 1975年 5月 23日

受信者: 小野俊介(男性。 年齢 11歳)

受信地: 岩手県一関市○○町××番地

使用ラジオ: SONY ICF-5150

放送内容:

18:00 - 18:20 ニュース。 偉大なるキ○イルソ○主席が食品工場に行って、人々を大いに元気づけた。生産量がすごく増えた。 太陽のような主席の偉大さが生んだ奇跡でした。

18:20 - 18:40 アメリカのゆがんだ国際的なデマに対抗しなければならない。

SINPO: 4, 3, 3, 4, 4

最後の SINPO というのは受信時の電波状況の5段階評価のことである。 受信状態の良し悪しを、信号の強さ(S)、混信(I)、雑音(N)、伝播障害(P)、総合評価(O)で評価する。 総合評価(Overall rating)なんていうのは薬効評価のそれと同じですね。 そうか、僕は40年前から今と同じような仕事をしてたわけか、と思うとちょっと感慨深い。

どうですか。 真面目で几帳面な理科系日本人少年の、なんとも立派な潜入通信員としての仕事ぶり。 ついでに見事な洗脳されっぷり(笑)。 当時はもちろん洗脳なんていう言葉は知らなかったんだけど。 おまけに、あの国に対する、なんとおおらかな個人情報の垂れ流し(笑)。 下手すると誘拐され、漁船に乗せられて日本海を渡っていたのは僕だったのかもしれん。 今にして思えば、まったくシャレにならん。

当時、こういうスパイ小僧が、全国津々浦々に少なくとも数百人 (数千人かな?) はいたのではなかろうか。 労働者階級の貧乏こせがれに狙いをつけようという目的も (もしあるとすれば)、見事に達成されていた。 だって、あの国の放送って安いラジオでもはっきり聞こえるんだもの。

書いた報告書を国際郵便で送ると、望みどおりにきれいなベリカードを送ってもらえた。 他にも何か資料をもらったような気がする。 さすがに内容はよく覚えてないのだが。 確かにそれらは洗脳材料かもしれんし、危険な宣伝資料かもしれん。 でも、小学生の子供にとっては、そうしたベリカードやお手紙は、異国からやって来た心躍る 「宝物」 であったことも事実である。 当時の外国は、今とは比べものにならぬほど、遠かったのよ。

これが僕らの子供の頃の話。 そういう時代、昭和を生きたという話である。

あの国は今もああいう国である。 日本国内で犯罪被害に遭われた方々の人生、無念の心中を思うと、心が張り裂けそうになる。 我々の世代がこの世を去る頃には、あの国はああいう国ではなくなっているのだろうか。 私にはわからない。

あの国は、昔も今も、遠い、遠い国だ。