小野俊介 サル的日記

いや、その、サル的なヒトだから・・・

話は永遠にかみ合わない

水曜日は製薬企業の薬事部門(regulatory affairs。厚労省やPMDAとの折衝や交渉を担当する部門)の人たちの集まりがあった。 たくさんお客さんが来て盛会。 企画者の Kさん、Sさん、Nさん、Hさんはじめとする薬事委員会の皆さま、良かったですね。 企業・当局どちらの講師も分り易く、客が望むポイントを的確に押さえた講義で、さすがプロだなぁ(手慣れたものだなぁ)と感心。

薬事の人たちの年に一度の意気高揚のお祭りも兼ねている。 そんな日にいらんことを口走って wet blanket になるのはやめよう、と思っていたのだが、最後に少々憎まれ口をたたかせてもらった。 すみません。

「黙っているから、小野さん具合が悪いんじゃないかと心配になったよ。 もっとキツイこと言ってよ」の声(半分は皮肉だが)を頂いたが、私は動物園の見世物じゃないんだから(笑) 黙っていたら叱られ、何か話したら話したで不愉快な顔をされ(おまけに、おエライさんに話した内容を告げ口され)、いやはやまったく小野さん稼業も大変だ。

ところで、会場で言い損ねたコメントを一つ。

発表・議論の仕方の根本のところ。 前にも書いたけど (「・・・の立場」利権のようなもの - 小野俊介 サル的日記 を読んでね)、企業は「企業の立場から」と称して議論し、当局は「当局の立場から」と称して議論して、相手が腹の中で本当に大事に思っていることに触れるのを避けていますよね。 いわば、両者の交渉・取引が全く起きていない状況です。 順に自らの陣営の意見を表明しているだけ。

その「企業の立場から」「当局の立場から」っていうのが何なのかが私には全くわからないんですよ。 「小野俊介の立場から説明させてもらいます」っていうのと同じくらい意味不明。

結局のところ、一番大事なところで官・民の対話は成立してません。 それを証明するのが、企業・当局双方の方々が何度も繰り返していた次の言葉。

「我々は共通の目的を有しているわけですから・・・」 「当局と産業界の使命は一緒ですから・・・」

・・・ それって、何? それが何かをはっきり言わなきゃ、ダメですよね。 一度もすり合わせをしたことがないのに「共通の目的」を理解しあえているなんて、皆さん超能力者ですかね。

(注: なお、お互いにとって意味のある意見交換をするのなら、目的だけじゃなくて、想定している制約条件も理解しあわないといけませんね。 目的が同じでも、制約条件が異なれば、まったく違う結論に至るから。)

その「共通の目的・使命」なるものを、口に出してみましょうか。 まさか「より良い薬をより早く国民に」といったレベルのゆるーーい、当然すぎて無意味なスローガンじゃないでしょうね? そんなスローガン、「患者をどんどん治療しよう!」 「社員は頑張ってお金を稼ごう!」 「子供はしっかり勉強しよう!」 「街をきれいにしよう!」 と同じレベルですよ。 間違ってるわけじゃないが、単なる願望と気合(笑)を表現してるだけ。 そんな当然すぎるスローガンを一般論としてゆるーく共有してたとしても、「三極同時開発」なんていう無茶苦茶ややこしいトレードオフ(誰かが得をし、誰かが損をする。 誰かが生き残り、誰かが死ぬ)が生じる状況下で、現実に企業・当局がどういう行動をとるかは、まったく別問題。 当局と企業の利害の対立 conflict の解決にはつながりません。

(世界で起きてることに興味がない、平和ボケした日本人向けに念のため付記しておくと、一見立派なゆるーいスローガンが現実の諸問題解決に役立たないどころか、むしろ状況を悪化させるのは、パレスチナ紛争とかを見てればわかるよね。 イスラエルパレスチナもどっちも「ガザ地区に平和を」って言ってるんですよ。 アメリカとタリバーンもそう。 どっちも同じように「正しい世界秩序を」と言ってます。)

世界の紛争地域の当事者の関係と製薬業界・当局の関係を同一視してはいけませんね。 「本当は自分の側が正義だ」と心の中で思っているにもかかわらず、おそらくは目先の交渉の円滑化とビジネス・行政の利益のために、ゆるーいスローガンに悪乗りして、同床異夢を隠すツールとして使っているのだから、我々の方が腹黒いかも(笑)。

こんなこと書くと、「オマエ、本当にガキだな。 同床異夢をはっきりさせないのがオトナってもんなんだよ。 男女の恋愛もそうだろ?」 と人生の機微を知りつくしたような顔をしたおぢさんが出てくるのだが、そういう方は、次のグラフを見ても、オトナの顔していられるんかなぁ。

国内の製薬企業で働いているヒトの数の推移です。 厚労省の調査結果を単にグラフにしただけです。

どうですか。 日本国内で製薬会社で働いているヒトの数、順調に減ってますね。 日本人業界人の皆さんのお身内の椅子取りゲーム、ますます厳しくなっていますよ。

私のような産業論の素人には、

「新薬の開発・販売のグローバル化と相関して、製薬企業で働く日本人の席はなくなるんだなぁ。 しんどいこっちゃなぁ・・・ 難儀やなぁ・・・」

という解釈しか思い浮かばないのだが、僕は何か大きな勘違いしているんだろうか? どうして業界(産官学すべて)は、こんなに落ち着いているのだろう?

業界の皆さんは、こういう心配ごとは、三極同時開発の文脈では議論しないんですよね。 理由は、「社長が怖いから」 「外人上司が怖いから」 「海外の HQs が怖いから」 「コスト削減に逆らうと、自分が「コスト」扱いされるから」といったところですか。 でもね、それをみんなで、平場で、勇気を持って話すのがシンポジウムってもんの醍醐味なんですけどね、本当は。 赤信号、みんなで渡れば怖くない。

あとね、皆さんには、例の、強い武器があるじゃないですか。 そう、皆さんの好きなアレですよ、アレ。 「れぎゅらとりーさいえんす」とかいうヤツ。 「れぎゅらとりーさいえんす」をやっている人たちに、この問題を、学問的課題として正当化してもらって、盛大に取り上げてもらえばいいじゃないですか。

「企業で働いたこともない小野さんには関係ねーだろ!」って怒られますかね。 確かに、皆さんからしたら余計なお世話ですね。 すみません。 でも私も関係ないわけじゃない。 日本で、日本人の製薬企業社員の皆さんが、幸せに、元気に働いてくださって、お金を稼いでくださらないことには、関連産業(含メディア)も、医療界も、アカデミアも、そして当然当局も、枯れていくんだよね、これが。

私自身は、滅びゆく日本の業界人とともに沈没する覚悟ができているが、今の日本の子供たちは不憫である。 製薬企業に就職できなくなった今の若い世代。 我々の世代(彼らの親世代)の無能・無力のせいで、知的な capabilities (アマルティア・センさんの本を読んでね)を十全に発揮できない世代。 熾烈な、でも一部の勝者には甘美な報酬がある椅子取りゲームに参加することすら拒まれた世代。

ま、仕方ないか。 今の世の中、誰かのポチでいる方が楽に生きられますからね。 ポチになるのを拒んでも、それだけで立派な人間になれるわけではなく、もっと卑屈で、小ずるく、性格が歪んだサルになってしまったりもする。 どっちもどっちか。 生き延びるのは、本当にたいへん。 でも、まずは生き延びないと! 生き延びて、次世代につなごう。 

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この映画、面白いっすよ。 ハードボイルド系が好きな方はぜひどうぞ。 では、皆さん、良い週末を!