小野俊介 サル的日記

いや、その、サル的なヒトだから・・・

屁理屈でも、理屈が無いよりはずっとマシ

少々遅れてしまったが、米国に国民(ほぼ)皆保険を導入したオバマ大統領の医療保険改革法についての「合憲」判決(6/29)を、ちょっとした感慨を持って読んだ。 製薬業界の方々にとっては PDUFA の話が気になるのだろうが、1990年代以降の米国医療の光と闇を学んできた者にとっては、PDUFA よりも皆保険がらみの話の方にはるかに心惹かれてしまう。 ごめんなさい。 

私が Harvard School of Public Healthに留学していたのは、クリントン、というか嫁さんのヒラリーが皆保険を導入しようとして、失敗した直後。 共和党、保険会社、製薬企業などが猛反対し、皆保険案が廃案になった 1994 年のことである。 ハーバードでは、有名な Hsiao 先生、Newhouse 先生をはじめとする faculty から、医療制度に関する世界最高の教育を受けることができた。 しかし、留学期間中、何か心に引っ掛かるものが、ずーっとあったことも事実である。 「アメリカには皆保険がない。 どうして?」 当時も、日本やイギリスといった保険制度が整った国からの留学生がたくさんいたが、そうしたあまりにストレートな質問はしにくい戦後処理的な雰囲気が大学にあったことを覚えている。  

ご存知のとおり、現在の米国の連邦最高裁 Supreme Court は、4人が民主党寄りの判事、5人(ロバーツ長官(裁判長)を含む)が共和党寄りの判事である。 その状況下で合憲判決が出たのはなぜかというと、ロバーツ長官が最後に「合憲」の側に傾いたから。

ロバーツ長官の、分かりやすい理屈が面白い。 簡単に言うと、こんな感じである。

  • 「ええか、あんたら。 ちょっとお聞き。 憲法上、議会に『全市民はブロッコリーを買え。 買わないと罰金ね』なんていう法律を作る権限はあらへん。 保守派の言うとおりや。 ここは自由の国アメリカや。 ブロッコリーみたいにまずいもん、食えますかいな。 ・・・ あ、いや、そうじゃなくて、ブロッコリーだろうとなんだろうと、何を買おうと個人の自由ってことですわ。 医療保険も同じこと。 『全市民は医療保険を買え。 買わないと罰金ね』なんていうことを法で縛るのはダメね。 ダメと言ったらダメなのね」
  • 「・・・・なに? 『医療は全市民の命がかかった特別のものだから、お上が買えと命令してもいいんじゃないの?』って? なにを眠たいこと言うてまんの。 ここをどこやと思うてんねん。 アメリカやで、アメリカ。 ジョンウェインの西部劇見たことないんか、あんたは。 自分の命は自分で守るんや」
  • 「でも、正直ちょっと困っとるんよ、ワシは。 議会の奴ら、医療保険改革法というヤツを成立させてもうた。 気に入らん法律やけどな、議会のメンツも立てんといかん。 しかし、ワシも裁判官。 法律が正当化できる根拠がないことには、認めるわけにはいかん。」
  • 「・・・と思って、過去の判例を読んでたら・・・あるやないの、ちょうどえー具合の正当化の根拠が。 『連邦議会には、課税をする権限がある』 これや、これやで! 市民に無理やり『健康保険を買え』なんて言うたらあきまへん。 ここはアメリカやからね、左派さん。 でもね、『健康保険を買うも買わぬもあんたらの自由。 でも、買わんかったら税金かけまっせ』っていう理屈なら通るんと違いますか。 たばこにも税金かけとりまんがな。 あれと一緒や」
  • 罰金なんて、えげつない言葉を使うたらあきません。 税金でっせ、税金
  • 「ここは自由の国。 お上が新たに市民の自由を奪うなんてことをしては絶対にあかん。 でも、税金をかけるんは仕方ないわな。 ・・・ということで、一件落着やね。 さすがやなぁ、ワシ。 ねーちゃん、レイコーもう一杯くれや!」


とまぁこういうことをロバーツはんは言っているのである。 ロバーツ長官が、こんな怪しげな関西弁を話しているかどうかは私は知らない。 あと、喫茶店レイコーと叫んでいる人が大阪に現存するのかも知らない。 が、判決理由の説明で見せている見事なバランス感覚は、疑うことなく関西人のそれである。 すばらしい。

意地悪メディアは、ロバーツ長官の判断を「政治的な先送り」と称している。 わからんでもない。 だって、共和党の次の大統領選の有力候補ロムニーさんは、webサイトで次のように言ってるし。

On his first day in office, Mitt Romney will issue an executive order that paves the way for the federal government to issue Obamacare waivers to all fifty states. He will then work with Congress to repeal the full legislation as quickly as possible.
ロムニーは、大統領になったその日に、オバマ医療保険改革を潰します (笑)

米国医療保険の将来はわからないし、ロバーツ長官の理屈も、へ理屈っぽい気がしないでもない(法曹のヒト、怒らないでね)。 でもね、米国の裁判官や行政官やビジネスマンや学者が、米国の一般人が(それどころか、サル的ニッポン人ですら)わかる言葉をちゃんと使って、誰もが理解できる理屈を展開して、自分や他者を正当化したり、批判したりする姿には、いつも正直ワクワクし、圧倒される。 言葉と論理を大切にする米国と、そうでない国ニッポンの実力差は、歴史が証明している。

日本はなぜ開戦に踏み切ったか―「両論併記」と「非決定」 (新潮選書)

日本はなぜ開戦に踏み切ったか―「両論併記」と「非決定」 (新潮選書)

この本、緻密な分析が面白いです。 「両論併記」と「非決定」の国ニッポンを、変えたいね。 皆さん。 ちなみに、医薬品業界(産官学すべて)の人たちの言葉の使い方は、この本に書いてある状況よりもいい加減です。 時間をかけて、「言葉を大事にする私たち」を目指しましょう。