小野俊介 サル的日記

いや、その、サル的なヒトだから・・・

成長しない戦略を採る理由

成長戦略なんだそうである。  「民間活力の爆発」 なんだそうである。 おおっ、そうか、ついに爆発するのか、と思いましたね。 こりゃ素晴らしい。 耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び、ここまで頑張ってきたのだ。 ついに日本経済・日本企業は大爆発するのね、岡本太郎風に ・・・ と思って記事を読んだら、出てくる成長戦略のタマの小粒さに、ビクーリ。 もしかして、爆発って、自爆のことか? と心配になる。

なに? 「一般薬のインターネット販売を認可」? ・・・ う、うーむ。 わからんでもないが、これのどこが爆発なんだ? 成長戦略なんだ? ・・・ いや、待て。 まだ先があるはずだ。

「革新的な医療機器や薬を世界に先駆けて実用化」? ・・・ またこれか。 なんか、これって二十年くらい前から政権が変わるたびに唱えているんだが。 いや、待て待て、中にきっと新しい知恵が何か盛り込まれているはずだ。 ・・・。 ・・・。 じっくり読んだが、「輸出を増やして大儲けすべき」 という掛け声以上のことは書いてないぞ。 なんじゃあ、こりゃ? 松田優作風に

その掛け声にしても、相変わらず 「医薬品の開発がしやすい環境を整備し、海外への製品の輸出を増やす」 なんてことが書いてある。 しかし、今の医薬品の輸出と輸入はそんなに単純じゃないのよ。 何よりも、グローバル企業の大きなトレンドである薬の現地開発、現地生産はどうなるの? 日本を途上国のようにモノの生産だけのつまらない国にしようっていうんだろうか?

医薬品は、ミカンとか衣類とか冷蔵庫のような商品ではない。 「使い方」 と 「情報」 が製品の本質である。 すごく 「民族的」で「価値反映型」 な財である。 日本に研究所を誘致して、日本人研究者にお金をまいて、日本の治験環境整備して、日本の工場整備して・・・ で、世界に売れる良い薬ができるわけではない。 そうした施策で、より上手に開発できるのは所詮 「日本人向けのお薬」。 アメリカ人向けの薬は、アメリカでないと上手に開発できないのである。 「アメリカ人患者」 と 「アメリカの医師」 と 「アメリカの医療環境」 っていう生産材料を使わないと、アメリカ人向けの薬は 上手には 作れないのよ。(注 1) ここ数十年で我々が得た最大の社会科学的な教訓はそれだろうに、どうしてそれを活かそうとしないのだろう?

(注 1) リカードのいう比較優位の意味である。 絶対優位と誤解しないでね。 しかし、比較優位も絶対優位も区別がつかないような方々が輸出・輸入を論じていることこそが真の問題かもしれない。

さらに日本にはもう一つ、他国には無い特徴がある。 ICHという名のTPPを 1990 年代に国際化の名の下で、何も考えずに受け容れて、ICH上は各国が堅持しても良いこととされている非関税障壁 (各国が固有の承認の方針を持つこと) という武器を、ものの見事にポイポイと放棄しているのがニッポンである。 訳も分からずグローバル化万歳!って言いながらね。 自分たちが国益のために何をやっているのかの自覚がないのだから、度が過ぎたお人好しと言うほかはない。 おかげで最近では、米国からの対日要求でも 「保険」 の話ばかりで、承認審査の話はほとんど出ないほどである。

「日本版NIHを創設」 するんだそうである。 米国とおんなじ制度・箱ものを持って来れば、同じようにうまくいくって考えるのは能天気な発想だ。 I 先生の言を借りると、鹿鳴館の頃の人々とまったく変わっていない。

「審査機関の人員を増員し、日本と米国との審査期間の差を「1−2カ月」から「ゼロ」にする」 んだって。 ここに至っては何も言うことはない。 そこまでやるんなら、日本の総審査期間を1カ月くらいにして、大威張りするのも一興だ。 簡単に達成できますよ、だって、提出された申請書に大臣が印鑑付くだけにすればよいのだから。 こんなふうに時間の短縮ばかりを強調していると、世間の方々も 「審査って一体何なんだよ? バナナの叩き売り並みにいくらでも短くなるんだな」 とその本質に疑問を抱くことであろう。 一般人のそういう不信感は、そのうち、払拭できなくなる。 それにしても、最近の新聞記者さんって、こういう無意味な文章をどうして平気でワープロ打ちできるのか、不思議でならない。

こんな話が成長戦略のコアに来ているなんて、こりゃ日本はまだ当面はダメだな、と自ら告白しているような気がする。 株価がこれを見て下がったとしても驚くには当たるまい。 

もう一つ怖いのは、政権の中枢の方々が、医薬品とか医療機器といった医療産業に妙な(過剰な)幻想を抱いているように見えること。 いわゆる 「産業政策」 がうまくいかない半導体産業などのハイテク産業の辛い現実からしばし目を逸らして、他に夢のある世界を語れそうな格好の材料として 「医薬品」 「医療」 を分不相応にチヤホヤしている感がある。 

当然ながら、医薬品産業の世界はブルーオーシャンではない。 開拓を待つ夢の西部(昔のアメリカね)でもない。 今まで産官学がいろいろやってきた結果が現状なのですよ。 何十年間も、日本は世界の国々と闘ってきて、途中で日本版ホニャララなんていう政策を何十個も提案し、実施して、その結果が現状なのです。 要は、これまでの数十年は世界のパイの奪い合いという意味では、完全にジリ貧戦だったのよ。 その史実(笑)を無視して、「今度は勝てる」 「絶対勝てる」 って思い続けている方々は、先の大戦での敗戦後に 「日本は負けていない!」 とブラジルで主張し続けて、良識ある移民仲間を傷つけた一部の日系ブラジル移民とそっくりに見える。(注 2)  

(注 2) 「開戦前夜(ゴーマニズム宣言RISING)(小林よしのり)」 参照。

素人さんは、そんなことは百も承知で、今の日本には他にできること(夢を語れる領域)がないから、医薬品に肩入れしているのかもしれぬ。 でもね、あなたが本当の医薬品のプロならば、素人さんが過剰な肩入れをしていたら、冷静に 「いや、そのアプローチでは無理です」 とか 「このグローバル開発時代には、『日本発の新薬を増やす』 ことで、日本人の患者が不幸になる可能性があります」 とか、ちゃんと答えてあげないといけません。 たとえ相手に嫌われても。 それこそが同胞のため、なのだ。

・・・ とここまで書いてきて、「いや、待てよ。 この人たち (「成長しない戦略」 を提案をする人たち、そして、提案を大真面目に報道する人たち) が日本や日本人の同胞のことを第一に考えているという前提が間違いなのではないか」 と思い至った。 日本や日本人のことが本当はあまり大事でない人たちが、日本弱体化のための良く練られた長期戦略として、こうした政策を政権中枢に吹き込んでいる ・・・ のかもしれん。

〇売新聞社さんは、10年後に必ず今回の成長戦略政策の検証をしてくださいね。 最近は記者さんの名前もばっちり出ているから、いい加減な「書き逃げ」は許されませんよ。 

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信じたいことだけを見るのではなくて、「現実」 を見ましょう。 日本の苦境に関しては、少しはエビデンスがある (直視するのを避けてきたから、少ししかないけど)。 まずはそれを直視しましょう。 成長戦略はそこからしか始まらないと思うのだが、どうだろうか。

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結局今日も理屈っぽい記事でごめんなさい。 今日は一カ月ぶりに中島みゆきさんのオールナイトニッポン。 録音で聴こうっと(笑) カブトムシがあと一週間くらいで出てくると思うので、その時には盛大に記事にします。 乞うご期待。

最近、お布団の中で夜しみじみと涙を流しながら読んでいるのが 「海街 diary (吉田秋生)」。 今5巻まで。 しっかりとした大人が作者なので、ストーリーに深みがあって、素晴らしい。 中学生が主人公なんだけど、登場するオトナたちの人生の重荷と辛さがちゃんと描けていて、たまらない。 お勧めです。  

海街diary 4 帰れない ふたり(flowers コミックス)

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