小野俊介 サル的日記

いや、その、サル的なヒトだから・・・

「幻の大戦果」は日本のお家芸

今朝、通勤途中の渋谷のスタバの前に、完全真っ黒スモークガラス(道路運送車両法違反だ(笑))の白のでかいベンツが一台。 明らかにその手の方々。 派手な色のスーツを着た若い衆が車の横に2、3人。 怖いのでサッサと横を通り抜けようとしたら、車のドアがガバッと開いて、中からグラサンの、幹部顔の貫録あるおっさんが、甲高い声で外の若い衆に、「あー、俺はアイスティーね」と的確に指示していました。

といった感じの今日この頃。 が、今日の記事はこの一件とは一切関係ない。 日本の医薬品開発産業(産官学すべてね)の苦境と、その苦境から顔を背け続ける業界人のメンタリティの不思議さである。 ある意味、やくざよりもずっと怖いぞ。


日本の業界人ってこの図が好きですよね。 最近の日本の治験数の推移。 「過去にはいろいろ大変なことがあったが、近年ではいろいろな対策や努力のおかげで、治験数が増えていますよ」 という文脈で誰もが使っている図である。 図の中に威勢の良い右肩上がりの矢印が付けられているもんだから、ますますそういう気分になる。 まるで我が国が「勝利」した台湾沖航空戦並の戦果である (後で説明します)。

でもね、同じ治験数の推移を、

  • アメリカの治験数の推移と並べて、
  • グラフの横軸、つまり時期を過去に広げて、
  • 図中のいろいろな宣伝文句を取り除いて
  • さらに、冷静な気分になれるように寒色系の色合いで(笑)

グラフを描くと、次のようになります。 上の緑の実線がアメリカの治験数の推移で、下の青い点線が日本の治験数の推移(注)。 どうですか? だいぶ印象が違って見えますね。 日本が快進撃して「勝利」しているようにはとても見えないぞ、これ。

(注)FDAの治験数には、emergency INDなど患者を救うために治験数が入っている。 また、米国の治験数って、FDAの発表者が変わる毎にコロコロ変わったりする。 米国流のおおらかさに満ちた(いい加減ってことね)集計であることは、あらかじめお断りしておく。 FDAのおおらかさを僕のせいにされると不愉快だからね。

医薬品業界の人たちって、いわゆる薬効評価(臨床試験)をするときには、「適切な比較対照群を置かないとダメだよ。 薬を飲ませて患者が治ったからって、それが薬の効果かどうかっていう因果関係は分からないんだ。 素人はそんなことも知らないから困るなぁ・・・」なんてことを鼻の穴を膨らませて言ってるよね。

でも、自分の国で治験が増えているのかどうかを論じるときには、比較対照群は置かないし、適切な観察期間も設定せずに、

産学官みんなで対策をすれば治験数が増えるはずです」→「治験数が増えました」→「対策は効果がありました!」

という訳のわからん論法を採用している方々がほとんどである。 新薬の承認審査のヒアリングの場でこんな誤った三段論法(注)使う輩は、薬効評価のプロによって瞬殺されるはずなのだが、産業論やR&D論の議論を始めたとたんに、そのプロが平気で誤ったことを言う。 情けない ・・・

(注)後件肯定の誤謬と呼びます。 誤った推論の例の一つ。

上で書いた「台湾沖航空戦」というのは、太平洋戦争末期の1944年、「アメリカの航空母艦11隻、戦艦2隻を轟沈させた」と大本営が報じた戦いである。 すさまじい戦果をついに海軍が挙げた! と日本中が狂喜乱舞した。 台湾沖航空戦を褒めたたえる歌まで作られたほど。 が、実はこの戦果は、まったくのウソ・幻で、現実には一隻の船も沈められなかった。 

敵の完全な防御態勢のもとに散って行った航空兵の上司たちが、現地での戦果を集計中に、「少しでも敵に被害を与えたことにしてやらないと、死んでいった航空兵たちが浮かばれない」という、何とも自分勝手な温情スタンスで未確認の戦果を蓄積したら、なんと敵空母を11隻も沈めたことになって、それがそのまま大本営海軍部に伝えられ、日本中がそれを信じちゃった。 なんと、味方のはずの陸軍も、海軍の幻の戦果にだまされたまま作戦を立てて、ひどい目にあったほどだ。 もはやジョークの世界。 でもね、これってわずか70年ほど前の日本の現実だ。 治験数をめぐる皆さんの発表や報道を見ていると、今の日本はそれと大して変わらん。

幻の大戦果・大本営発表の真相 (NHKスペシャルセレクション)

幻の大戦果・大本営発表の真相 (NHKスペシャルセレクション)

日本からアメリカ向けに行われていたラジオ放送(東京ローズさんね)を聴いて、「沈められた(笑)」艦隊のハルゼー司令官がワシントンに打電した電報が笑える。

「東京のラジオが沈没したと伝えた第三艦隊の艦船は、すべて海底から引き揚げられ、現在、敵に向かって撤退中」

日本の治験数に関する日本人の発表や報道を聴いている現在のワシントンやニューヨークの人たちも、似たようなことを呟いて、心の中で失笑していますよ、たぶん。 むろん我々日本人には言わないけどね。