小野俊介 サル的日記

いや、その、サル的なヒトだから・・・

リスクベネフィットの考え方 再び

この業界の、いわゆる 「薬のリスクベネフィット」 なるものの議論の仕方がまったく見当違いであることは、何か月か前にも書いたが、何度でも繰り返し書こう。 

以前に書いた記事はこれね。 読んでない人は、まずこれを読むこと ↓
2012-05-31 - 小野俊介 サル的日記

薬のプロを自任する製薬企業の方々や規制当局の方々に「薬のリスクベネフィットを議論して」とお願いすると、必ず出てくるのが天秤のポンチ絵。 天秤は上皿天秤だったりもする。 天秤の片側に「リスク」、反対側に「ベネフィット」と書いて、それぞれのお皿の上に「有効性」「安全性」といった怪しげな概念を載せてあったりして。 で、大抵はどちらかに少し傾いていたりする。

この絵を見るたびに、いつも私は 「皆さんは天秤真理教とかいった類の妙な宗教に入っているのだろうか、あるいは、棒手振り(ぼてふり)の魚屋さんかなんかに妙な思い入れがあるのか?」 と心配になってしまう。 棒手振り(ぼてふり)を知らぬ方はググってください。

薬のリスクベネフィットという語をきちんと定義して使っている人を、私は一度も見たことがない。 もっともこの業界は、有効性、安全性という言葉すら定義なしに薬事法に出てくる状況だから、リスクベネフィットもその程度の扱いだよと言ってしまえばそれまでの話ではあるが。

皆さんは、リスクとベネフィットの要素が天秤のお皿に載せられると想定すること自体が、驚くほど斬新で大胆な仮定であることに気付いていますか? 私には、皆さんの仮定の大胆さが恐ろしすぎて、いつも震えがくるほどだ。

さらに恐ろしいのは、薬のプロともあろう方々が 「リスクベネフィットの定量化を目指して、れぎゅらとりーさいえんすを推進する必要がある」 などと口を揃えておっしゃること。 そんな方々には 「人類4000年の歴史上、この世に存在する財・サービスのどれ一つとしてその価値の普遍的な定量化に成功したものなど無い」 という厳然たる事実を正しく認識してもらわないといけない。 

ミカン、お米、ビール、ビー玉、・・・。 薬よりもはるかに一般的で、誰もがその性能や性質をだいたいは知っている商品やモノが世の中にはあふれてますよね。 でもね、その中のどれか一つでいいから、その価値が一般的に(あるいは、皆さんが「薬のリスクベネフィット評価」でやろうとしていること程度に)定量化されているモノがありますか? あるいは、定量化の方法論がありますか? ややこしい定量化でも、簡単な定量化でも、何でも結構。 なんか一つでも例があるんだったら、挙げてみてくださいよ。 ・・・ あるわけがない。

それなのに皆さん、これほどややこしい(消費すると、時々死ぬことがあるほどだよね(笑))商品である医薬品については 「社会における価値を定量化できるはずだ」 と無邪気に信じ込んでいるんですね。 なんとも不思議な話だ。 もしかして、高熱かなんかで、正常な判断力を失っているんじゃないですか?

経済学者をはじめとする社会科学者は、個人の効用・選好に基づいた財の価値をいかに表現するか、それを社会のレベルで集計するか、そして、その分布の状態の善し悪しについて(何らかの意味で)社会の構成員の合意に至るかを、何百年も苦労しながら、種々の学問の体系として構築してきたのである。 むろん、そうした学問の体系は未だ(あるいは永遠に)未完成で、皆が悪戦苦闘している。 一方で、そんな歴史や学問・科学の体系など全くご存知のない、「れぎゅらとりーさいえんす」と書いてあるタコツボに入った医師や薬剤師や実験科学研究者が、錠剤や成分の構造式や薬事法の条文や ICH ガイドライン(笑)を見つめながら 「薬のリスクベネフィットを評価する」 なんて言っている姿は、かなりビミョーです。

薬というモノを見ていてはどこにも辿りつけません。 私たちが評価すべきはヒトの状態、そしてヒトから成る社会の状態ですよ。 アプローチの方向をくれぐれも間違えませんように。 

エライ方々が、「れぎゅらとりーさいえんすは、今まで無かった。 新たに学問を築かねばならない」 なんて言っているのをあちこちで耳にしますが、何か大きな誤解がありますね。 もし読者の皆さんが今の日本の姿を憂う気持ちが少しでもあるのなら、そうしたエライ方々に、「そう思うのは、あなたが学問・科学の体系に無知なせいですよ」 とこっそりと伝えてあげてください。 王様は裸だ、とね。 裸のままで平気な顔をしているおエライさん(あなたの上司)に服をちゃんと着せるのは、あなたの仕事です(注)。 さまぁ〜ず大竹の放送事故とはワケが違う(笑)

(注) その前に、自分が服を着てるかを確認してね。 この業界、ほとんどの人が裸です。

このあたりの議論の仕方をもっと具体的に知りたければ、次の記事も読んでみてくださいね。 ブログって、こういう引用ができるから楽でいいなぁ。 
2012-06-25 - 小野俊介 サル的日記