小野俊介 サル的日記

いや、その、サル的なヒトだから・・・

絶対に失敗しない政策の無意味さ

新聞には相も変わらず 「新薬・再生医療・医療機器、オールジャパンでがんばろう! 法律まで作って応援しちゃうもんね!」ってな記事が踊っていますね。 はぁ。 確かに威勢はいい。 でも、何十年間も同じことを言い続けているような気もするぞ、僕ら日本人って。

正直なところ、

  • 現状がどのくらい(定量的に)悲惨で、あるいは、うまくいっていて
  • それらの原因が何で
  • 現状誰が得をしていて、誰が損をしていて
  • 何もしなかったら(施策・プログラムが無かったら)何が起きて、あるいは、何が起きなくて
  • これから目指そうとしている世界で誰が得をして、誰が損をして
  • 誰の何がどうなったら目的(施策)が成功したと言えるのか

がまったくわからんのですよ、私には。 サルだからかもしれんが。 最大の懸念は 「誰の何がどうなったら目的(施策)が成功したと言えるのか」 を誰も事前に宣言しないこと。 私がこの医薬品業界に就職してから24年になるが、日本の医薬品産業政策がらみの施策や民間のプログラムで、これまでに 「この法律・プログラムが無ければ達成されることのなかった○○が達成されること」といった 定量的・可視的で、意味のある目標が事前に 提示されているのをあまり見たことがない。 (注 1, 2, 3)

(注 1) 「平成〇年度は治験相談を○○件達成する」なんていうオペレーションレベルの目標設定は前例がありますね、もちろん。 手数料を企業からどのくらい頂戴するかを正当化する上では、きちんとした理屈付けが必要で、具体的な数値目標を設定するのは当然のことである。 自慢することでも驚くことでもない。 ただし、予算要求などの際に用いた机上の空論に近い数値目標を、本当の意味での「目標」と開き直ると痛い目に遭うことも役所の方々は熟知している。

(注 2) 最近よく耳にするドラッグラグの短縮の目標ってのは全く無意味です。 ドラッグラグの定義してないんだから。

(注 3) 「〇年以内に試験を開始する」 「〇年までにバイオバンクを作る」 という「目標」が書いてあるだけではダメなのです。 法律・プログラムの目的は 「その法律・プログラムが無ければ達成されなかったはずのことなのか?」 という目で見ないといけません。 今提示されている目標は、そういう視点で妥当でしょうか? つまり、意味のある目標でしょうか?

日本の研究開発政策には、具体的・可視的で、意味のある目標が設定されていない。 だから、絶対に失敗しない。 

「いやー、失敗しました。 今回は目標を達成できませんでした。 申し訳ない。 まずは失敗の原因を徹底的に追及します。 責任者に責任もとってもらいます。 今から根本的に対策を練り直して、修正して、次の具体的な目標を設定して、再失敗を防ぐよう全力を尽くします。 来年に乞うご期待!」

という屈辱的な台詞を誰も口にする必要がないんだもの。 ニッポンってなんと素晴らしい国なんでしょう。 ニッポン人って、1940 年代にちょっとした失敗(むろん皮肉)をやらかした時にはさすがに少しは反省を口にしたのだが、それ以来、一度も失敗をやらかしていないような顔をしているような気がする。

何か新しいチャレンジをしたら、成功することも、失敗することもあるのにね。 だって、にんげんだもの by 相田みつを。 誰も失敗しない世界というのは、つまり、誰も成功しない世界でもある。 

大手メディアの方々も、具体的・可視的な目標が無い方が長期的にはむしろ嬉しいのでしょうね。 だって半永久的に、記事を埋めたいときにはいつでも 「外国ではこうやっている!」 「ニッポンは危機にある!」 「この新たな施策でオールジャパン頑張れ!」 って感じの、何年か前に書いた記事を焼き直してまた掲載すれば、メシが食えるんだもん。 こりゃ楽だ。

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20年ほど前、よく日本のロケットが打ち上げ失敗していた。 当時は、アメリカのスペースシャトルも爆発したり、空中分解した悲劇もあったよね。 それに対する日本人のおエライさんと、アメリカ人の責任者のコメントのニュアンスの違いが示唆的だった。

1998 年 2月、H−2ロケットでの人工衛星打ち上げ失敗のときの、宇宙開発事業団理事長のコメントがこれ。

「(衛星は)所定の軌道には、投入されませんでした。 関係者一同万全の態勢で臨みました。 しかし、このような結果となり、国民の皆様を始め、関係機関の方々のご期待に添えないこととなりましたことに対し、深くお詫び申し上げます。
 既に設置した事故対策本部において、この失敗の原因を徹底的に究明し、この対策の検討に全力を傾注するとともに、「かけはし」の今後の運用についても、検討を進めていく所存であります。 」

一方、コロンビア空中分解事故後のNASAの責任者の台詞がこれ。

"Obviously we were wrong,” space shuttle program manager William W. Parsons told reporters at a news conference at the Johnson Space Center. “Until we’re ready, we won’t fly again."
「明らかに我々は誤っていたのだ」スペースシャトル計画の責任者パーソン氏は語った。)

どうですか、面白いでしょ? 日本人って、「期待に添えなかった」ことにお詫びしてるけど、実際にやったことと起きたことについては、万全の態勢で臨んだのだからそれでよし、とせねばならぬらしい。 「衛星打ち上げが失敗したんだから、そりゃあ何かがまずかったに決まってるよね」 って言っちゃいかんわけだ。 これに対して、NASAアメリカ人責任者は 「失敗したんだぁ、オレたちはよぉ(涙)」 と言ってる。 (注 3)

(注 3) むろんコメントを出すタイミングの問題があるから、そう単純に比較してはいけないのだが。 でもね、日本で 「我々は(あるいは誰かが)失敗してました。 我々は間違えました」 って感じのコメントを関係者が自ら語っているのをほとんど耳にしないのは事実だと思うのだが、いかがだろうか。 

「宇宙ロケットの世界なんて建築現場のようなもんだろ? 医学・薬学といった精緻な生命科学とは無関係な例を出すなよ」 なんて思っている世間知らずの方もいるだろうから、そういう方にはもう一つ、こういう例はいかがだろうか。

十数年間にもわたって数百億円の予算が注ぎ込まれて、エイズワクチンの研究開発を担当している米国NIHのワクチン研究の元締にあたる方の、「エイズワクチンなんて、そもそも無理なんじゃないの?」 という問いかけに対する実に率直な、誠意あふれる科学者としての発言だ。

NEJM 2007; 357: 2653-5

According to Anthony Fauci, the director of the NIAID, “To be brutally honest with ourselves, we have to leave open the possibility . . . that we might not ever get a vaccine for HIV. People are afraid to say that because they think it would then indicate that maybe we are giving up. We are not giving up. We are going to push this agenda as aggressively and energetically as we always have. But there is a possibility -- a clear finite possibility -- that that’s the case.”

「残酷なまでに自分自身に正直になるとすれば、(十数年も研究してるのに)HIVワクチンを一つも見つけていない可能性はあると言わざるを得ません。」
「我々はHIVワクチンをあきらめてはいない。 必死で全精力を注いで問題解決に取り組んでいます。 しかし「HIVワクチンを作るのってそもそも無理なんじゃないか?」 という可能性はあります。 はっきりと、明確に」

どのような研究領域でも良いのだが、立場にがんじがらめになっている日本人研究者には、自分の研究領域の苦境をこれほど率直にコメントするのは難しいだろうなぁと推察するし、同情もする。 (注 4)

(注 4) 最近は堂々と頼もしい発言をする先生方も増えてきました。 

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こういうことを書くと、今度は 「なんでも数値目標を立てることの弊害」 を挙げてくる方々もいる。 それはそのとおり。 なんでもかんでも数値目標を立てること、そしてそれを達成することを唯一絶対の目的のように扱うことに伴う論点は、近年のインフレターゲットの議論を見ていれば誰だって理解できる。 でもね、「目的とする概念が曖昧」で、「目的に直結した、観測可能な項目が無い」 という状態はひどすぎるのよ。 別次元のひどさ。

「誰の何がどうなったら、意味のある目的(施策)が達成されたと言えるのか」 をちゃんと考えましょう。 威勢がいいけど中身の薄い新聞記事や国会答弁ではなく、ちゃんとした社会科学(産業技術論、経済学、行政学、科学哲学、・・・)のもとで。 そしたら、みんなでそれを批判的吟味 critical appraisal できるようになります。 「それをやるのは、お前らの仕事だろ?」 ・・・ はい、そのとおり。 微力ながらがんばります。