小野俊介 サル的日記

いや、その、サル的なヒトだから・・・

目利きなんて存在すると思う?

この頃の新薬研究開発の推進だの、創薬推進だのの華々しい主張の中で、よく耳にする言葉がある。 そう、「目利き」 という言葉。

どうやら日本のあちこちに、製薬企業出身のベテランの目利きなる方々がいて、そういう方々は、シーズがモノになるか、開発が成功しそうかが分かるらしい。 いやはや、すごいものである。 言葉も出ない。 シーズの最初から考えると 「開発プロジェクトのほとんどすべてが失敗する」 といっても過言でもない新薬研究開発において、目利きと称される方は、私たち常人とは違う何か異なる感覚を持っていて (嗅覚か、触覚か、あるいは第六感的な何かだろうか?)、うまく行きそうな薬や、将来価値が出そうな薬を判別できるらしい。

この資本主義・市場社会においては、そういう目利きの方って、たぶん年俸500億円くらいなんだろうなぁ。 それでも市場から本来もらうべき報酬からは一桁くらいは安いはずだ。 だって、考えてもみてごらんよ。 新薬研究開発プロセスのどこでも良いから、新薬R&Dの不確実性を個人の能力で解消して成功確率を高められるなんて人がいたら、それってX−Men 並みの超人ですぜ。 そんな人がもしいたら数百億円の報酬は安いくらいだよ。

・・・ え? そんなに高い給料をもらってる感じのヒトはいない? おかしいなぁ。

もしかして、なんだけど、皆さんが目利きと呼んでいる人たちって、「昔、すごい薬を生み出したことがある」 とか、 「メガヒットした新薬の開発に携わっていた経験がある」 とか、「製薬企業で何個も新薬を上市に導いた実績がある」 とか、そういう人たちのこと? あのね、そういう人たちのことは、ベテランとか経験者とか成功体験者と呼ぶんだよ、普通は。

目利き、目利きというなら、目利きなる人をまずは定義してもらえないだろうか。 どのような個人的資質、能力、見識があれば目利きなの? そして何よりも、目利きかどうかを何で判断すれば(測れば)いいのかを知りたい。 教えてくださいよ。 成功確率の向上? でもそれって、今の科学レベルでは (タイムマシンが無いから)どうやっても検証できませんよね? いや、正確にはランダム化比較試験を実施すればもしかしたら可能かもしれないのだが、そんなRCT (製薬業界の目利き検証試験) なんて寡聞にして知らないぞ、自分は。 というか、どう考えてもこの文脈でのRCTは無理だと思います。 だって、アウトカムも介入も実験条件も何もかもが曖昧なんだもの。 似非(えせ)科学の臭いがプンプンとしてくる。

業界の皆さんのやっていることは、宝くじのサマージャンボで6億円当たったヒトを連れてきて、「この人は宝くじの目利きです」 って言ってるようなものではありませんか? それって分かり易い誤謬ですよ。 検証しようもない。 ポパーのいう、反証できない似非(えせ)科学的な主張の典型。

誤解のないように、きちんと丁寧に申し上げておく。 私は、新薬開発のベテランの能力と貢献を認め、尊敬しています。 優れた成果を出した研究者も、その高い見識も、むろん尊敬しています。 企業や研究所の一線で長いこと働いていたというその事実がそうした方々の優秀さを証明することも理解しています。 皆さんと同様、私も彼らから多くのことを学ばせて頂いたし、 (不遜ながら) 彼らの力を活用したいとも強く思っています。 しかし、私は彼らを 「目利き」 だとは思わないし、そう呼ぶ気もない。 

そんな呼び方って無茶苦茶失礼でもある。 誰一人として検証も、確認もしたことのない 「目利き」 などといういい加減な称号を与えるなんて。 まるで、飲み屋で海外からの出稼ぎのおねえさんが、誰彼構わず客を 「シャッチョーさん、シャッチョーさん」 と呼んでいるようなもんだ。 飲み屋だったら 「オレは社長じゃない! 課長だ!」 なんて無粋に怒ることもできる (笑) が、「目利き」 と呼ばれているベテランの方々はきっと怒ることもできず、困っているのではなかろうか。 (注 1)

(注 1) 飲み屋では、「シャッチョーさん」 と呼ばれてちょと嬉しい顔をしてるオヤジさんも確かに存在する。 ニポンジン、バカね。

いろいろな指標で見た時に、日本の研究開発に関する実績は世界の中で沈没し続けている。 「これではまずいぞ」 「ドラッグラグ解消だ」 なんて騒ぎ始めて、対策と称する施策を実施し始めてから、もう優に二十年近く経っているが、ずっと右肩下がりである (世界の中で相対的に、だよ)。 でもね、これって当然だと思うのですよ。 ニポンの新薬研究開発を元気にするために必要な対策は何か (注 2) という超難問の答えを皆が必死で探し出さねばならないときに、「あ、それは 『目利き』 がいれば大丈夫です」 なんて意味不明な一言が対策になると思っているのだから。 いかりや長介でなくても 「ダメだ、こりゃ」 と言うと思うよ。 そもそも目利きとやらが日本のその辺に何十人もいたのなら、こんな状況にはなっていないだろうに ・・・ あ、それを言っちゃおしまいか。

 (注 2) そんな対策なんて存在しえない、が答えかもしれない。 神様は 「ニポンの新薬研究開発を元気にするって、なんとも大雑把な願いじゃのぉ。 そんな雑な願いには応えられんなぁ」 とお答えになる気がする。

そういう言葉遣いの不誠実さ・いい加減さ、つまり真剣さを欠くおママゴトのような主張や言説が、今の日本(人)のパフォーマンスがどうもさえないのと表裏一体なのではないかと、私はここ十数年ずっと思っている。(注 3) 前にも書いたが、昔の大本営発表の 「転進」、「玉砕」 と同じ匂い。 他にも、定義も何もなしにいい加減に使われている言葉が医薬品業界には山ほどある。 例えば 「リスクベネフィット」、「有効性」、「安全性」、「効能・効果」。 新しいところでは 「禁忌」。 医薬品の世界で起きていることを本当は誰一人正しく記述していないのではないかとすら思う。

(注 3) むろん私の言っていることも検証されていない(検証しえない) 仮説である。 でも、目利きうんぬんの主張よりはずっと実害が少なく、悪意の無い似非科学だと思う。

誰でも良いから私の目の前に 「目利き」 なる人を連れてきてくださいよ。 定義付きでね。 100人くらい集めてくれれば、ランダム化比較試験やって (私は素人代表として非目利き群として参加します)、その人たちが本当に成功確率を高める不思議な力があるのか10年くらいかけて検証したいところだが、私は贅沢は言わない。 たった一人の目利きでも結構。 その人が、過去の栄光ではなく、前向きに (prospectively) 客観的に成功確率を高めているのか、役に立っているのかを、10年くらい観察させてほしいのである。 どうでしょう?

医薬品業界って、このままでは 「超能力」 業界や 「宇宙人は存在する」 業界と大して変わりませんぜ。 国民に 「『薬の目利き』 って実は 『焼うどんマイスター』 といった称号と同程度なんじゃないの?」 って気づかれてしまいますよ。 皆が問題意識を持って、なんとかしましょう。 私も頑張ります。

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遅ればせながら 「風立ちぬ」 を観る。 ゼロ戦を開発した主人公の最後の独白 「私は国を滅ぼしてしまいました」 があまりに重い。 全体を通じて抑えられた(話の)トーンが素晴らしく、大人のドラマなり。 まだの方はぜひどうぞ。