小野俊介 サル的日記

いや、その、サル的なヒトだから・・・

算術の少年しのび泣けり夏

皆さんさぁ、勘弁してよ、ホント。 マジで、こんなブログなんか書いてる場合じゃないのよ、自分。

今やっとレベル24まで到達したところなのよ。 ソルティコの町でちょっとカジノで遊んだりしてたわけ。 そしたらさ、そこから外海に出なきゃいけなくなったんだけど、海で出てくるモンスターたちが結構強くて、死にそうなのよ。 カミュの呪文のジバリカが全然効かないの。 だからさ、こんなくだらないブログ書いてる場合じゃないってこと。 わかった?

・・・ などと52歳のおっさんとはとても思えぬ腑抜けたことを書いているドラクエ11野郎のサル的なヒト。 大丈夫だろうか。 大丈夫なはずがない。 が、いいのだ。 まだ夏休みである (と勝手に思うことにすれば)。

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大学や企業での講義で、ロクに知りもしないことをエラソーに語る自分自身に嫌悪感をおぼえることは多いのだが、さすがに最近は昔の自分よりはモノを知っているよなぁと感じることも増えた。 20年前の自分はフッサール (注 1) なんて知りもしなかったが、今では講義の題材に使ったりしてるもんな。 少しはオトナになったのだ。

(注 1) 現象学のヒトです。 主観−客観図式(を乗り越えるの)に大きな影響を与えた哲学者。

一方で、そういった知識の蓄積ではどうにも乗り越えられない知的な 「バカの壁」 があって、いくつになってもそれが心の中で痛み続けている。 バカっぽい言葉を使えば 「トラウマ」 化してるって感じ。

その手のトラウマはむろん一つ二つではない。本当にたくさんの 「バカの壁」 を抱えているのだが、その中でもっとも分かりやすいのを紹介すると、たとえば、数学のコーシー列という概念。(注 2)

(注 2) ほれ、lim (am-an) = 0 (m, n → ∞) ってやつ。 数列の収束の条件。 思い出した?
34年前、大学の教養課程の解析学の講義は、2時間の講義時間中、教授が学生の方を一度も振り返らずに、黙々と数式を黒板に書いていくスタイルであった。 黒板に書かれているのが、日本語なのか、英語なのか、数式なのか、証明なのか、計算なのか、ギャグなのか(笑) それすらも区別がつかない。 おそろしいことに教科書も指定されていなかった。 なので、予習・復習もできない。 1年間、週二回、そもそも自分が受けているのが数学の講義なのかすら判然としないままで過ごしたのである。

そんな絶望的な状況の中で出会ったのが 「Cauchy」 という言葉である。 何のことかまったく分からないが、「Cauchy」 という言葉を先生が黒板に書いているぞ。 catch の過去形か? いや違う気がする。 読み方も分からん。 意味も分からん。 何もかもがまったく分からんが 「Cauchy」 という言葉だけはノートに書き写しておこう。 いや、意地でもそうせねばなるまい。

・・・ う、ううっ。 情けない。 ノートの字が涙で滲んで霞んでいく。

父上様、母上様。 田舎から無理して過分な仕送りをしていただいているのに、本当に申し訳ございません。 あなたたちの息子は、東京の大学の数学がまったく理解できないのです。 黒板に書かれた文字の意味が、何一つ、判別できんのです。 分かるのは 「Cauchy」 という記号がそこにあることだけ。 私に今できることは、木偶の坊 (でくのぼう) のごとく、大学ノートに 「Cauchy」 なる記号を書き写すことだけなのです。 何のことやらまるで分かりませんが、せめて丁寧に書き写します。 「Cauchy」。 こんな不出来な息子をお許しください。 

そういう辛い記憶とつながっているものだから、いくつになってもコーシー列の概念が頭に入らない。 私の場合、確率論や統計学を本気で勉強したのはむしろ大学を卒業してからだが、そこでも 「Cauchy」 という語をテキストで見つけたとたんに、頭がボーっとして、人間の証明のテーマ曲が流れて、意識が遠くなってしまうのだ。

・・・ 母さん、僕のあの帽子、どうしたんでしょうねえ? ええ、夏、碓氷から霧積へゆくみちで、谷底へ落としたあの麦わら帽子ですよ ・・・

学生諸君。 このサル的なセンセーは 「分からないこと」 の辛さ、悲しさを死ぬほど知っているぞ。 サル的を自称するのは伊達じゃない。 講義や指導の中で分からないことがあったら、安心して 「分かりません」 って言ってね。

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前回紹介しないといけなかったのに、紹介し忘れたので今回。 戦争にやたらと近づいていく阿呆どもに読ませるべき本。

加藤陽子先生、いろんなメディアでお見かけしますね。 先生とは大学の出版会の委員会でご一緒することがあるのだが、私のような無学なサルにとっては、いつもその場で (無料で) 講義をしていただいている感がある。 役得とはこのこと (笑)。 この本は高校生向けの講義をまとめたものなので、誰でも読めます。 「ふーむ。 歴史家はこういう風に歴史を見るのか」 が分かるよ。 おすすめです。

もう一冊、これは加藤先生のおすすめ。

小松左京セレクション 1---日本 (河出文庫)

小松左京セレクション 1---日本 (河出文庫)

もし日本が8月15日に戦争を止めずに、その後も本土決戦を続けていたら? という短編SF 「地には平和を」 にはウームと唸らされます。 我々昭和中期型世代は 「日本沈没 エピローグ」 にも涙腺が緩むはず。 小松左京はすごい作家だったのだなぁとあらためて認識。

なお、ニポンの医薬品研究開発や産業は実際に沈没してるのに、ニポンのおえらいさん、みんな知らん顔して沈没中どころかニポン躍進中の夢に浸って、バラ色の未来をうたっているのな。 私たちの足元、ずぶずぶに泥水に浸かってますけど。 そのことにとっくに気づいているビジネス界の人たちは、ずいぶん前にニポン脱出してるのにも大笑い。

小松左京先生の書きたかった未来は、きっと、これですね。