小野俊介 サル的日記

いや、その、サル的なヒトだから・・・

医薬品政策や規制の議論の仕方を覚えよう

毎週月曜日夕方、医薬品評価レギュラーコース(RC)という製薬企業・PMDA の方々向けの講習会がある。 受講生の皆さん、お疲れ様です。 今年度の受講生の皆さんは、質問熱心で、講義を聴く姿勢も素晴らしいと思います。 ホントに。 ・・・あ、いや、昨年度までの学生がそうではなかった、ということではありません(笑)。 毎年度のクラスに微妙に個性があるのが不思議だなぁ、と思う。

今日は、新薬開発・規制のあり方についてのグループディスカッションの発表日。 「医薬品の品質はどうあるべきかを議論してください」という漠としたテーマを与えられて、途方にくれた方々もいたかもしれませんが、こういう一見掴みどころのないテーマを議論してもらうコツを学んでもらうことも、RC の売りの一つです。 確信犯です。

別途解説はしますが、今日は議論のポイント、コツをいくつか紹介します。 「発表会が終わってから紹介するのはズルい」のですが、それが教育というものです(笑)。

1. 誰の幸せ・不幸せを考えようとしているのかを、まず宣言すること。

ここから話を始めないと、議論はどこにもたどり着きません。 あなたが幸せを考える対象は、東大構内に住むネコさん?・・・違いますね、たぶん。 では、あなた自身? 私(サル的なおぢさん)? ・・・もちろん自分たち自身は含まれていても良いのだけど、それだけでは虚しい気がしませんか? 「東京に住む全女性」 「日本に住む胃がん患者」 「世界中のがん患者」 「健康人を含むすべての日本人(居住地問わず)」 「マサチューセッツ州の47歳以上の女性」 「世界中のすべての人々」 ・・・ いろいろ考えられますね。 どのあたりの「社会」を議論しようとしているのかを、最初に定義・宣言しましょう。 すべてはそこから。

2. あなたが評価すべきは、薬というモノではありません。 社会を構成する(たくさんの)人間の幸せの状態です。

薬が固いとか、白いとか、不純物が多い・少ないとか、仮想の平均人によく効く・効かないとか、安全だとか(通常の臨床試験の結果ね)、そこで終わっては、まったく何も評価していないのと同じです。

3. 2.の社会を構成する人々の幸せの状態を、誰が評価しているのかを自覚すること。

皆さんが、本能のまま、激情のままに議論すると、「誰が」は自然に「あなたが(自分が)」となることがほとんど。 あなたという独裁者(社会選択論の言葉です)が、あなたの価値観に基づいて、社会の状態の善し悪しを語っているという状況です。

あなたの価値観はどうぞお大事に。 でも、それを物差し・基準にして社会を語られても困ったりするわけです。 桃井かおりに「あのねぇ、モモイはさぁ、そう思うわけぇ。 アンタわかってんの?」と甘ったるく言われても、わからないのと同じです。 (・・・分かりにくい喩えだな、こりゃ。) できるだけ普遍的で、明解で、歴史に根差した、整合性のある言葉で表される物差し・基準に基づいて、社会の状態の善し悪しを語りたいとは思いませんか? そのための物差し・基準が「倫理」です。 世の中には、何百年も(何千年も)生き延びてきた「倫理」や、近代科学とともに生まれた活きのいい「倫理」がゴロゴロあります。 勉強してみましょう。 

このあたりについては、根本的な勘違いをしている業界人が多いので、

モノしか見ない、世界の王様たち - 小野俊介 サル的日記

を読んでください。 ブログって、一度書いておくと後が楽で良いなぁ。

4. 議論の中で、安易に「企業の立場から」「患者の立場から」「当局の立場から」・・・といった無意味な表現を使わないこと

私が「小野俊介の立場から、そう思います」と言ったら、アホかって思うでしょ? 上の「・・・の立場から」は、それと同じくらいアホらしい無意味な議論の仕方です。 こうした安易な説明に逃げずに、3.の物差し・基準に立ち返ってください。

余談だが、「・・・の立場から」の話ができることが、ある種の利権になっているのは、社会学的には非常に興味があるテーマ。

「・・・の立場」利権のようなもの - 小野俊介 サル的日記

受講生の皆さんは「これは企業の話だから、企業のヒトが発表して」とか「当局の話だから、PMDA の受講生が話をしなきゃいけないね」といった、わけのわからぬ自主規制をしないこと。 利権構造に自ら染まらぬこと。

企業の受講生は、当局の立場(というか、当局の人たちが重要視する価値観。例えば公正)からの話を大いにしてください。 PMDAの受講生は、企業の立場(というか、企業の人たちが重要視する価値観。例えば効率)からの話を大いにしてください。 それをする能力がないことが、今の日本の業界人(産官学すべて)の致命的な弱さです。 

5.「科学」という言葉をいい加減に使わないこと。

「科学で問題提示はできても、科学では解決や答えが無い」領域を、トランスサイエンスの領域と呼びます。 私たちが RC で議論している問題は、すべてトランスサイエンスの領域にあります。 そこで自棄になって「答えがない!」と思考停止するのではなく、その領域での議論の仕方を学ぶのが、皆さんの学習課題です。

6.法律、ルール、ガイドライン、ビジネス慣習、役所組織、公務員、企業組織、社員、・・・、すべて「あなた」が変えることができる。 当然でしょ?

「グローバル開発を推進するためには」とか「ICHガイドラインに従い」とか、どうしてそれを当然と考えるのですか? 皆さん若いのにずいぶん頭が硬化してますね。 業界の陳腐な決まり文句 cliche の奴隷になってますよ。 まず、そのことに気付きましょう。

RC は、医薬品業界人が好きな、ステレオタイプな業界の常識や単なる個人的見解を発表しあうだけのシンポジウム・集会とは異なります。 必要な知識(実務的な知識はもちろん必要です)や考え方をきちんと学び、詰め込み、自分の頭で考える力、技術、ワザを学んで帰って頂く場です。 皆さんにタフな業界人になってもらい、皆さん(と皆さんの所属する組織)が、この競争の中で生き残れるようお手伝いするのが、RC における我々主催者の使命です。

以上。 次回の解説の時間にも、簡単に説明します。