小野俊介 サル的日記

いや、その、サル的なヒトだから・・・

涅槃浄土図か、地獄絵図か

レギュラーコース(RC)という医薬品開発のプロのための研修コースのお手伝いをしている。 先日は恒例のディスカッション結果の発表会があった。 皆さん、お疲れさまでした。 ディスカッションのテーマはこんな感じである。 → ローストビーフとディスカッション - 小野俊介 サル的日記

私は毎年皆さんの発表を聴いているから、つまり、過去の蓄積があるから、ついつい厳しくコメントしてしまうのであるが、気にしないでね。 

ここ数千年、人間の知性は進化してないよなぁと思う。 ギリシア人と現代人で、本質的な知性レベルや思考様態は何も変わっていないように見える。 孔子の言ったことは古くならないし。 「さすがに北京原人と比べたら、現代人は賢くなってるんじゃないの?」 と思う人たちがいるだろうが、北京原人のオッサンが大河と流れゆく雲を眺め、そして、まわりに遊ぶ子供たちや動植物の姿を眺めながら、生命・自己・時に思いを巡らせていた姿を想像してみれば良い。 きっと、仕事と称して、青白く光る小型モノリス(液晶ディスプレイのことね)の前で、知性のかけらもない脊髄反射並みの作業を日々繰り返しているだけのサル的なヒト(私)よりは、ずっと思慮深い顔をしていたはずだ。

話を数万年くらい戻すが(笑)、集団としての業界人(当局を含む)がたかだか 10年や 20年で進化しないのも、同様。 毎年顔ぶれが代わる受講生や学生は毎年同じ間違いをする。 で、我々教師は、毎年同じように間違いを正す。 その繰り返し。 それでよいのである。 それが教師の仕事。 毎年繰り返している指摘には、例えば次のようなものがある。

(指摘 例1)
「製薬企業の立場から」 「規制当局の立場から」 「患者の立場から」 ・・ って、何ですか、それ? まったく意味不明。 「患者の立場から」 なんて、「小野俊介の立場から」 と同じくらいナンセンスですよ。 そういうナンセンスな議論の仕方は止めようね。 学会などでそういう構成のシンポジウムを企画している人たちがいたら、その人たちもちゃんと止めてあげてね。(注 1)

(注 1) これを読むべし → 「・・・の立場」利権のようなもの - 小野俊介 サル的日記

(指摘 例2)
あなたは、「自分がグローバル企業の従業員である」 という意味を理解してますか?

最近特に危ないなぁと思うのが、指摘例2の周辺である。 皆さんが働いている医薬品産業と医薬品開発市場そして販売市場は、おおむね次のような状況にあることをちゃんと理解していますか? 

すさまじい利害の激突ですね。 国家や民族や人種の生き残りがかかった命がけのゲームをしているわけです、逃げ場が無い地上では。 製薬企業は国境の無い成層圏あたりを、多くの場合は超過利潤を求めて、パタパタと飛び回っている。 まずこのイメージを正しく持つことが重要です。

このイメージを持っていれば、「日本のドラッグラグを2年短縮する」 だの 「未承認薬問題の解消」 だの 「医薬品輸出大国を目指す(笑。 後述)」 だのといった掛け声が、いかに無意味で現実味を欠いたものかが直感的にわかるはずだ。(注 2)

(注 2) 私が無意味と言っているのは「掛け声」ですからね。 日本人同胞が不幸せになることを望んでいるなどと曲解せぬように。

「日本の医薬品産業は、輸入超過の状態でけしからん。 輸出を増やせ!」 などと、17世紀の重商主義者のようなことをおっしゃる アホ 骨董品なみの方々がいつまでたっても絶滅しないのは、上の絵のイメージが頭に入っていないのも理由の一つだろうと思う。 骨董品と呼ばれたくなかったら、前にも紹介した医薬産業政策研究所(OPIR)の長澤氏のレポート(日本の医薬品の輸入超過と創薬の基盤整備の課題 → http://www.jpma.or.jp/opir/research/paper_58.pdf) をちゃんと読むこと。 ・・・ もっとも、長澤氏のレポートを読んでもなお 「輸入超過がけしからん!」 と言い続ける業界人(産学官すべて)が多いのだから、私としてはもう諦めの境地ではあるのだが。 

もうひとつ大事なこと。 グローバル企業で働いている 「あなた」 は、天上界の住民なんぞではないのですよ。 「あなた」 は地上の住民なのです。 血みどろの利害衝突、命がけの生き残りゲームが展開されている地上の住民です。 それを忘れたような顔をして、天使のように見てくれのいい(つまり無責任な)主張を繰り広げる方々がなんと多いこと。

一方で、グローバル企業で働く 「あなた」 は、例えばアメリカのウォールストリートの 「1% 対 99%」の闘いにも参戦していることも自覚しましょう。 武田だとか、第一三共だとか、アステラスだとか、エーザイだとか、そういう企業で働いている人たちは、フードスタンプ (今は SNAP か) の世話になりかねないアメリカの貧乏人たちの人生に深く関わっていますよ。 彼らの中には、オバマさんから 「おめでとう! あなたたちには医療保険に入る義務ができました。 一世帯年間200万円くらい払いましょうね。 そうすればグローバル企業が売っている高価なお薬も使えますよ ・・・ だいたいは ・・・」 なんて言われて途方に暮れているヒトも多数いるわけだから。(注 3)

(注 3) 医療保険における貧乏人救済の仕組みがあることは承知で書いていますよ。

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見渡すと、相変わらず日本の業界人が企画するシンポジウムは、「日本発の創薬革命」 だの 「グローバル開発の推進を目指して −アカデミア・行政・企業の果たすべき役割−」 だのといった、天上界と地上界の区別のついて無いものばかり。 いや、正確に言うと 国境や民族の意味すらまともに考えていないのではなかろうか。 もし考えていたら、地上の血みどろのコンフリクトに触れないわけはないものね。 なんと怠惰な永続敗戦国の業界人たち。

21世紀末の世界地図にはニッポンは載ってないかもな、と改めて思う。 「51番目」になってるか、赤く塗られているか ・・・