小野俊介 サル的日記

いや、その、サル的なヒトだから・・・

薬の副作用はほとんど報告されない

友人から「小野さんのブログ、ちょっと力が入りすぎで、長過ぎ。 もっと短くしないと読者が減るよ」 という忠告をもらった。 よって今日は短めに。 友人はさらに、「カブトムシのことをもっと書け」という男の子ゴコロ満開の提案をしたが、そっちは女性読者が減るおそれがあるので、却下します。(注)

(注)・・・と思ってたら、今日「私、カブトムシ欲しかったんです」という告白を女性から受けてしまった。 私は今カブトムシを飼っていないことになっているので、また来年の夏ですね。 待っててください。

うちの研究室の社会人学生の一人が、新薬の副作用がどのように報告されているかを研究している。 この手の研究をしていて難しいのは、副作用がたくさん報告されているのが悪い薬ということではないこと。 また、副作用報告が少ない社会の状態が、健康アウトカムにおいて良い状態とは限らないこと。 ちょっと考えれば当然ですよね。 でも、その当たり前が通用しない単純脳 simple minded な人々が多かったりするわけです。 

制度についても、「日本では薬の副作用の自発報告制度が立派になったよ、万歳!」 では話が終わらない。 医療現場の医師などがどのくらい副作用をちゃんと報告しているかの論文を読んでいると、そのことがよくわかる。

例えば、過去の副作用報告の論文を整理した総説(Hazel L and Shakir SAW. Drug Safety 2006; 29(5): 385-96)では、大雑把に言って、

「発生した薬の副作用のうち、2−5%くらいしか報告されていない」

とされている。

低い値ではある。 最初は私も「これって、特殊な環境下での人工的な結果じゃないか」とか、「軽度の、既によく知られたたくさんの副作用を分母に持ってきて、無理やり作った数字ではないか」とか疑っていたのだが、どうもそうではないらしい。 調査結果は欧州諸国からのものが多いが、米国のものも含まれている。

報告数が少ない(under-reporting) 理由は、だいたい、皆さんのご想像のとおりである。 医療従事者は忙しい、とか、面倒くさい、とか、報告制度を知らない、とか。 それぞれ、報告を阻害するもっともな理由である。 では、こうした阻害要因を排除して、副作用をもっと報告してもらえば、我々は幸せになれるのだろうか?

(で、ここからが今日のブログの本論なのだが、)

私ならば、その問に対しては、「幸せになるかどうかなんて、答えようがありません。 だって、報告数が少ない現状が幸せなのか不幸なのかを、誰もちゃんと評価してないんだもの」と答える。 ある一定の副作用報告数がある状態(例えば現状)を、我々はちゃんとした学問に基づく枠組みで評価したことがないのです。 歴史上、一度も。 今の安全性評価って、何か変動や揺らぎがあったとき(例:薬害と呼ばれる大騒動が発生したとき)に、その時の気分で、「大変だ」とか「改善した」とか、大騒ぎしているだけ。

現状が良い世界なのか、悪い世界なのかを語るすべを持たないのに、それとは異なる状態の良し悪しだけはなぜか語れる、という奇妙なヒトが多いのです、この医薬品業界は。 「この安全性対策を実施すれば我々は幸せになれる」とか、「グローバル開発を実施すれば、日本人は幸せになれる」とか、「俺の言ってるとおりにすれば、日本は良くなる」とか言ってるヒト、多いでしょ? 現状よりも提案の世界の方が良いと言ってるけど、では現状がどれほど悪いのか、提案の世界では何がどれほど良くなるのか、説明なし。 致命的なのは、提案の世界で良くなることばかり挙げて、何が悪くなるのかに言及しないこと。

大切なことだから、何度でも言いますよ。

There is no free lunch. この世にタダ飯なし。 医薬品規制に万能薬なし。 良くなることしか言わぬ人を信じるな。

副作用報告数が増えれば、いろんなことが、すさまじく、変わります。 医療人も、患者も、国民も、企業人も、皆、選択(行動)が変わります。 幸せになる人もいれば、不幸になる人もいます。 変わった先の世界を想像することが大事です。 しかしその前にまず、医薬品という財を伴った社会の善し悪しを考えるための枠組みを考えることから始めないといけません。 それが神事に慣れきって、思考停止してしまっている我々の、第一歩。

医薬品の世界の神事・思考停止の構図は、政府や国会の原発事故調査委員会が問題視したそれと同じです。 「起きえないことでも起きうるとの認識が欠けている(畑村先生)」 「原発事故は Made in Japan の人災(黒川先生)」
これについてはまた別の機会に。

・・・ などと書いていると、結構長くなってしまったぞ。 また読者が減ったか ・・・