小野俊介 サル的日記

いや、その、サル的なヒトだから・・・

自信をもって踏み絵を踏むには

金曜日は、とある製薬企業で講義。 というか、社員の皆さんのお手伝い。 「会社の十年後、二十年後の姿を考え、提案するプロジェクト」を担当する若手社員グループの方々と意見交換をしました。 皆さん、お疲れ様です。 私の話、わかりにくかったことと思います。 ごめんなさいね。 よくまぁ我慢して聞いてくださるもんだ、と私の方が恐縮しました。 内心イライラしたでしょ?(笑)

そういった「会社の二十年後の姿を提案する」プロジェクトに呼ばれて、「二十年後にこの会社が存在しない方がいいと思っている(いや、公言している)人たちがいますね」  とか、 「二十年後、皆さんは別の会社で幸せに働いている可能性がありますね」 とかいう話から始めるバカ正直な講師はそうはいないだろうな、と思う。 これが、この手の企業での講義で私が一切謝金を頂かない理由だ。(注 1) 何より受講生のことを第一に考えた話ができとる。

(注 1) ちゃんと「謝金 0円」と公表してくださると嬉しいのですが。 「0円」では公表できないのなら、「7円」くらいを頂くことにします。 それなら公表できますか?(笑)

皆さんは、上司から「二十年後の会社を素晴らしい状態にしろ(例:ガッポガッポと儲けたり、社会から尊敬されたり、他社を打ち負かして生き残ったり)」と言われているわけだが、この課題を所与のものとして命じられた(あるいは、言葉巧みに勧誘された)その時点で、いきなりこの文脈での最大のコンフリクトが生じていることを理解しないといけない。 つまり踏絵を踏まされているということ。 言うまでもなく、コンフリクトは 「会社 vs. あなた」だ。 あなたの会社の幸せとあなたの幸せが一致するのは偶然に近い奇跡かもしれないのに。

現実に会社のビルが理性や感情を持っているわけはないが、会社(という法人・組織)の生き残りを最も重要な目的だとすれば、望ましい社員は

  • 一年 365日、プライベートなど顧みず会社の仕事を優先し、
  • 待遇や給料には一切不平を言わず、
  • セクハラ・パワハラされても、リストラされても(笑)会社や元上司を内部告発したり、訴えたりせず、
  • 会社の生き残りに役立つ不正や悪事にも嫌がらずに手を染め、それを完璧に隠蔽し、その秘密を一切口外せず墓場まで持っていく

そんな社員である。 完全にそんな社員はいないけど、これに近い人は結構いるのが笑えるところだ。

一方、従業員としての「あなた」にとって素晴らしい会社(経営者)は、

  • 一年 365日、社員のプライベートの充実に配慮し、
  • 待遇や給料は社員が望むがままのレベルにしてくれて、
  • 社員全員が紳士・淑女で知性的・理性的。 会社が業績悪化したら、経営陣(社長)から順に減給、退職してくれて、
  • 会社のための批判や内部告発は大歓迎。 内部告発すると、良いことをしたのだから、当然に昇格させてくれる

という会社であろう。 そんな会社は見たことがないし、あったらすぐに潰れるだろうなぁ。

いやはや、話がかみ合わない。 困ったことである(棒読み風に)。 さらに困ったことに、あなたが考えるべきは 「会社 vs. あなた(社員)」だけではない。 あなたの与えられたテーマには、一瞬考えただけで、他にも次のようなコンフリクト・トレードオフが存在しますよね。

日本の製薬産業の幸せ(隆盛) vs. あなたの会社(の経営陣)の幸せ vs. あなた(社員)の幸せ vs. あなたの会社の株主の幸せ vs. 日本の顧客(患者)の幸せ vs. 世界の顧客(患者)の幸せ vs. ライバル会社の社員の幸せ vs. ・・・・(と続く)

どうですか、脂汗が出てきませんか? あなたが引き受けたプロジェクトは、このように悪魔的に解決困難で、絶望的に他者を侵害するものなのです。 あなたが地雷原に放り込まれたことに気づいていないだけ。 気の毒なことである。

で、どうしよう?

例えば、れぎゅらとりーさいえんす(平仮名の方です)の信奉者は 「これらの利害を科学的に定量化すりゃいいのよ」 などと無責任に言ったりする。 情けない。 提案とすら呼べない。 人類4000年の学問の歴史が未だ解決していない難題を、たかだか医薬品の研究開発や承認審査しか知らない人たち(私を含む)が解決できると標榜するとは、恐ろしいまでの不遜さである。

では、どうしよう?

そこで、私が講義で最初に申し上げたアドバイスなのですよ。 ふー、やっと今日のブログの目的にたどり着いた(笑)

アドバイスその1: あなたは 『社会(の状態)の善悪をあなた自身が判断できる』 という特権を持っているのです。 その権利を必ず行使してください。

アドバイスその2: 社会は、そういう特権を持った複数(多数)の「あなた」から成り立っています。 多数の「あなた」が一つのことを決めなければいけないということを自覚し、「あなた」たちで決め方を相談してください。 (注 2)

(注 2) その先のややこしい話(これ→リスクベネフィット評価には「答えがない」 - 小野俊介 サル的日記) はとりあえず無視して構いません。)

講義の後で、皆さんから頂いた 「臨床開発のグローバル化について小野さんはどう思いますか?」 とか、「治験の空洞化について小野さんはどう思いますか?」 とかの質問に対して、「今ここで私が答えても仕方ないから、答えません」 とお答えしました。 なんとエラそうな奴だと思われたことでしょうが、質問に直接答えなかったのは、あそこで私がベラベラと治験の国際化などに関する私の見解を説明したら、上の「アドバイスその1、その2」を皆さん一人一人が実践(練習)する邪魔になると思ったからです。 教育的配慮です。(注 3)

(注 3) 正確には、教育的配慮以外にもう一つ、質問に答えなかった理由があります。 うんと格好をつけた言い方をすれば、「語りえないこと、論じえないことについては、人は沈黙せねばならない (ヴィトゲンシュタイン)」から。 グローバル化や空洞化について 意味のある「小野さんの答え」 なるものは存在しません。 だからその質問には答えてはいけないのです。 その手の質問に対してベラベラと自身の意見を語る奇妙な方々(専門家と称する方々)を目にしたら、ぜひ、「今、回答をしている 『あなた』 って誰ですか?」 と尋ねてみてください。 きっと面白いことが起きることでしょう (逆上してあなたに殴りかかってくるとかね(笑))

・・・ うーむ。 長々と語っても、皆さんに私のメッセージが伝わった気がしない。 力不足でごめんなさい。 ただね、上のアドバイスその1・その2を正しく実践してくれれば、最終的に「20年後の会社の姿プロジェクト」の提案がどういう形になっても、提案に対して社長や上司に何を言われても、それらに臆したり、媚びたり、卑屈になったり、ビビったりすることはなくなるはずです。 踏み絵を踏むと心を決めた人も、踏むことを拒否する人も、どちらも人間としての誇りと自信をもってそうできるはずです。 その他の社内の仕事、PMDAとの交渉に対してもすべて同じです。

私の講義は、「こうやれば会社が生き残れる」 「これからの日本の医薬品産業はこうなるべき」 といった各種トレードオフを無視したアドバイス(それはそれで役には立つのだけれど)が溢れかえる現状へのささやかな抵抗でもある。 私の話がほんの一人の心にでも響いたら、私の勝ちだと思っています。