小野俊介 サル的日記

いや、その、サル的なヒトだから・・・

利益相反あれこれ

例の無料出張講義をしている甲州街道沿いの某社の方と、講義終了後にちょっとお茶して情報交換。 仕事がらみのややこしい話とは別に、サラリーマン Neo 的な話も楽しい。 「電車の中で足腰を鍛えようと片足立ち通勤をしていたが、それが原因でぎっくり腰になった話」 とか、「新宿駅から会社までの道のりを、爪先歩きで筋トレしている話」 とか。 大笑いさせてもらいました。 「ドライバーの飛距離は通勤電車とともにある」 と、あのアーノルド・パーマーは言ったが(注 1)、皆さんも、甲州街道沿いを妙な姿勢で歩いている企業戦士を見かけたら、やさしい声援を送ろう! 日本橋そして大阪道修町のサラリーマンも頑張れ! 目指せ、プラス10ヤード!

(注 1) ウソである。

*****

臨床試験のCOI(conflict of interest、利益相反)がらみの話題がメディアを賑わしている。 例の撤回された降圧剤の論文の件である。 コトの詳細については私はまったく何も知らないのでここではコメントしない。 最終的に 「藪の中 by 芥川龍之介」 という状況に陥らず、何らかの建設的な教訓が残ればよいのだがと切に願う。

一般論として、しかし、違和感を覚えるのは、世の中の人々が臨床試験がらみのCOI、COIと騒ぐときには、なぜか 「製薬企業との関係」 だけが問題視されることである。 利害の相反は他にもたくさんあるのに。

もっとも見かけ上は、製薬企業だけがターゲットになっているわけではない。 例えば、臨床研究の倫理指針には、

1 被験者からインフォームド・コンセントを受ける手続き

(1) 研究者等は、臨床研究を実施する場合には、被験者に対し、当該臨床研究の目的、方法及び資金源、起こりうる利害の衝突、研究者等の関連組織との関わり、当該臨床研究に参加することにより期待される利益及び起こりうる危険、必然的に伴う不快な状態、(中略) について十分な説明を行わなければならない。

と書かれていて、いろんな利害の衝突があると想定されてはいる。 しかし、こんなに漠然としたルールでは一体何を被験者に伝えれば良いのか、途方にくれちゃうよね。

臨床研究で資金源との関係を気にするのであれば、薬事法上の治験はほぼすべて製薬企業がスポンサーなのだから、「起こりうる利害の衝突」 について、例えば次のようなことを患者向け説明文書に書かねばならないのかなぁ。 うーむ、これは相当にどぎついぞ(笑)。

治験への参加を検討されている皆様へ

この試験は、○○株式会社という営利 (注:金儲けのことです) を目的とした製薬企業の臨床試験です。 なんと、企画・立案・実施・データの分析そしてその活用に至るまで、すべて製薬企業の意図のもとに実施されるのです。 十分注意してください。 もしかしたら、あなたの目の前のお医者さんや医療関係者は、営利企業である○○株式会社から治験実施の代金として提供されている600万円によって目がくらんで、本来飲ませなくてもよい薬をあなたに飲ませたりするインセンティブが生じている可能性があります。 製薬企業に都合よく結果を修正してしまいたい気分になってしまうかもしれません。 ・・・

でもね、ICH−GCP上は、治験のインフォームドコンセント文書に 「スポンサーの会社名」 を書けとはどこにも規定されていない。 実際には多くの企業がいろいろな理由で、事実上書いていますが。(注 2)

(注 2) 1996年、いわゆる旧GCPからICH−GCPへの移行の際に、臨床試験の実施主体が「医師」から「企業」 へと変わったのだが、その是非をきわめて重大な問題と指摘し、もっと議論すべきだと主張したのはごく一部の方々だけだった。 本当に重大な問題に関してはなぜか国民的な議論が起きない。 この国ではいつものことだけど。

データや決定の質、integrity が歪められることがCOI問題の本質であろう。 だとすれば、製薬企業との関係だけがそれに影響する関係でないことは自明である。 例えば研究者からすれば、研究費の提供元との関係はおそらく最大の懸念だろう。 (今後の)研究費を貰える・貰えないだけではなく、様々なポスト(公的委員会、私的アドバイザー等)をめぐる思惑もある。 自分の所属する大学や研究所の上司や同僚との関係も心配だ。 出世や待遇に直結するから。 学会の重鎮との関係も気になるでしょうね。 学閥なんてのもあるし、メディア露出・売り込みもある。

こうした懸念、心配、思惑、おべっか・追従、功名心、敵愾(てきがい)心、そして(いくばくかの)人類愛などが入り混じる中で、研究者は知的探求たる研究にいそしんでいる。 むろん日本固有の歴史、文化、環境の中に生きる日本人として。 だから、米国流のCOIのコントロールの仕方を表面的に似せてそのまま持ち込んで来たら、なんかポイントがずれて当然である。 欧米人が好んで議論する 「営利企業との関係」 だけでは話は済まない。

私は、個々の企業からは謝金等は受け取らない。 見かけ上はクリーンな研究者である。 企業の研修や新薬開発に関する相談をたくさん引き受けているが、謝金は受け取らない。(注 3) でもね、サル的なヒトって本当にクリーンなんだろうか? 無料で企業の人たちと一緒にごにょごにょ仕事をしてるんだよ。 むしろ、謝金をもらっている先生方よりも危ないんじゃないか? とてつもない癒着体質なんじゃないか? ・・・ と疑って頂いて大いに結構。 皆さんにそういう疑問を持って頂くことが、今後のCOI を考えるきっかけになるからだ。 さぁ考えよう、一見クリーンに見える方々の利害相反を。 「COI に注意せよ」 と警鐘を鳴らす方々の COI を。

(注 3) 前にも書いたが、私を嫌う人たちからの攻撃材料にならぬようあらかじめ宣言しておく。 私は、学会(社団・財団法人)や企業団体や研修会社などからは、常識の範囲で堂々と謝金を頂いています。 それがけしからんという方々はどうぞ自由にご批判ください。

臨床試験の質、 integrity に影響する要因のうち、営利企業との関係だけをスケープゴートにして、それ以外の関係は見て見ぬふりを決め込む現在のCOIの報道のされ方や、そういうやり方でCOIに手綱をかけようとする動きは、実に奇妙である。 ほら、今、そういう報道をしたり、問題視する方々自身が抱えている未公表のCOIがいろいろありそうですよね。 私の信頼する統計家が 「朝日新聞高校野球を報じる際に抱えるCOIを公表していないよ」 と指摘していたが、まさにそのとおり。 野球では、「読売新聞が巨人の報道をする」 なんていう、もう報道機関なんだか宣伝機関なんだか訳の分からない無茶苦茶な例がある。 読売新聞は、本来、スポーツ面で毎日COIを宣言しないといけないのだけど(笑)

言うまでもなく、新聞がCOI を宣言すべきはスポーツ面だけではない。 社会面、政治面、経済面、・・・ すべてのページで、である。

*****

外見や形式だけの COI の規制(ガイドラインの実施)で済まそうとする姿勢は、COI について何もしないのよりも危険である。 今の日本では、その規制を提案し、実施する当事者たちのCOI が隠されたままなんだもの。 この問題については、十年単位で、孫の代くらいまでを視野に入れて、じっくり考える覚悟が必要だと思う。 承認審査の大穴・真空状態への対応と同じく。

なお薬がらみの COI についてはいろんな論文があるから、興味のある方はきちんと勉強すると良いですね。 今、話題になっている件についての週刊誌的な興味とは別に。