小野俊介 サル的日記

いや、その、サル的なヒトだから・・・

語用論と秋の空

あっという間に一年が、月日が、経ってしまう。 困ったことのような気がする一方で、これって実に自然で素晴らしい生物学的な仕組みだなぁとも思う。 だって、人間は年をとればいずれ死ぬのである。 死ぬほど恐ろしい 「死」 (笑) がジリジリと迫ってくるのを、ゆっくりじっくりカタツムリの速度で待たされるよりは、「ありゃりゃ? オレもう死んじゃったの? いつの間に死んじゃったんだろう、自分。 人生の後半はあっという間だったよなぁ」 とあの世で感慨に浸る方が精神衛生上良いからな。

先週金曜日は、日科技連さんが開催している統計学の研修コースのお手伝いで箱根へ。 暑くもなく、寒くもなく、観光には最高の時期だが、受講生は合宿体制でお勉強と実習である。 この研修コース、なんと 25年もの歴史と伝統があるのだ。 企画・立案・講義をしている超一流の先生方(大学・企業・病院) が、皆さん、実に楽しそうに、熱意をもって若手のトレーニングを行っているのが素晴らしいといつも思います。 お手伝いのこっちまで楽しくなってしまう。

「あんた、統計家でもないくせに、なぜにエラそうに講師をしてるんだ?」 と不審に思う方もおられようが、アマチュアはアマチュアなりに出る幕があるのですよ。 例えば統計学的デザインの正当化と 「文脈」 の関係。 モデルの数理的な意味はむろん意味論 (semantics) 的に明確でなければならないのは当然なのだが、例えば試験のプロトコルに出てくる 「探索的」 とか 「検証的」 とかいう試験目的に関しては語用論 (pragmatics) 的な解釈のあり方に本質があるのではないか、と私は思うのだ。 そういう言語学的な枠組みを統計学上の興味深い諸問題に適用することは、統計学の門外漢 (私) にだって可能だし、これが結構面白いのよ。

何より素晴らしいのは、講師の統計学の先生方が超一流なので、門外漢によるそうした 「遊び心」 をニコニコと笑って許してくれるだけの許容力があること。 好意に甘えて私も悪乗りしている感もある。 試験デザインの研修自体は実学なんだけど、実学を超えた遊び心も満たしてくれる、年に一度の機会なのだ。

というわけで、役得を思い切りエンジョイしたのであった。 ついでにこれも役得なのだが、夜は露天風呂につかって魂の洗濯。 ニホンザル系のサルとしては言うことなしの秋の夜。 風呂上がりのコーヒー牛乳 (ビン入り) も最高であったよ。 韓国から団体旅行で来たおばさんたちが、コーヒー牛乳あるいはフルーツ牛乳をゴクゴクと飲む日本人を興味津々で眺めてて、大笑い。

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ところで、語用論と言われてもピンとこない人が多いだろうから、一つ実例を挙げておきます。 次の文章、あなたはどのように解釈しますか?

No adverse drug reaction is too trivial to ignore.

おそらく100人中100人が 「薬の副作用で、無視できるほど些細なものは存在しない」、すなわち 「すべての副作用は無視できない (All adverse drug ractions should be addressed.)」 と答えますよね。 はい、そのとおり。 それがこの文章の語用論的な解釈です。

でもね、この文章をもう一度よーく見てみましょう。 英語として論理的・文法的に正しく解釈すると(意味論的解釈)、実はこの文章の意味は 「すべての副作用は無視できる」、つまり逆の意味なのですよ。 ねぇ、驚いた?

(意味論的に 「正しい」 解釈)
No adverse drug reaction is too trivial to ignore.
       ↓
No adverse drug reaction is such that it is so trivial that it cannnot be ignored.
       ↓
All adverse drug reactions can be ignored. すべての副作用は無視できる。 (注 1)

ほとんどすべての人が、英語としての 「正しい」 解釈ではなく、自然と 「誤った」 解釈をしてしまい、それで会話が成り立ってしまう。 どうなってんだ、こりゃ? というのが研究の対象なわけである。

(注 1) この解釈が納得できないヒトは、No problem is too difficult to solve. といった例文で同じことをやってみよう。 ね、不思議でしょ?

この例は語用論における錯覚の問題として有名なのだが、この手の話が医薬品業界ではゴロゴロしているのよ。 ほら、例えば 「この薬の有効性が検証された」 という表現なんか怪しさ超満点である (むろん錯覚とは別の問題だけど)。 他にも、日本のGCPに見られる 「英語の翻訳の誤り」 がなぜ生じたかといった問題も語用論的に興味深い。 このネタって根が深いので、今後も随時追究予定。 気が向けば。

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竹内まりやさんの新しいアルバム 「TRAD」 をしみじみと聴く。 良いなぁ。 DVD付で得した感じ。


「袖振り合うも多生の縁」 と 古(いにしえ)からの伝えどおり
この世で出逢う人とはすべて 見えぬ糸でつながってる ♪ (「縁(えにし)の糸」 より)

あいやー。 仕事がらみでこれまで散々不愉快な思いをさせてもらったあの人やこの人たちとも見えない糸でつながってるのか、自分? それって相当にイヤだなぁ (笑) ・・・ いやいや、ここでいう縁 (えにし) って、色恋沙汰の方か。 それならちょっと嬉しいぞ ・・・ などとしんみり妄想する秋の夜長なのであった。