小野俊介 サル的日記

いや、その、サル的なヒトだから・・・

気骨のあるジジイは素敵である

花粉に加えて、少しずつだけど春の物憂い空気が漂い始めた今日このごろ、皆さん、正気を保ってますか? 毎年、健康診断後に 「死んでないことを保健センターにメールで連絡してください」 という素晴らしく事務的な警告文書が送られてくるほど鬱気質の私は、この季節が苦手なのである (こんな感じ → 2012-10-24 - 小野俊介 サル的日記 )。 過去数年を振り返っても、壮絶に蕁麻疹が出たり、消化器症状が出て胃カメラ飲んだりしたのは決まってこの季節。 人間の身体や病気って、嫌な経験やストレスと完全にリンクしていることを実感させられるのが、この季節である。

だから今日は仕事の話なんてしません。 大好きな映画の話をするのだ。

・・ と言いつつ、見てきたのは、精神衛生的にはとてもよろしくないクリント・イーストウッドの最新作 「アメリカン・スナイパー American Sniper 」。 暴力や血やマッチョが苦手な家人にはちょっと辛い映画だった。 無理矢理連れて行ってごめんね。

もうご覧になった方々も多いと思うので、以下盛大にネタバレします。 ご容赦を。

結論。 嬉々として戦争の準備を始めてる阿呆どもへの痛撃となる、素晴らしい反戦争映画でした。 サイレントのエンドロールに衝撃を受ける観客多数。 私もしばらくは立ち上がることができなかった。

基本的に、私は今のおっさん (私を含む) 世代、じいさん世代はダメダメだと思っている。 なぜなら、彼らが果たすべき役割 (自分の欲得を捨てて、スジとして言うべきことを言う) をちゃんと果たしているおっさん・じいさんが本当に少ないから。 じいさんになっても、いつまでも与党・主流派の側にいることにこだわり続ける情けない方々を見ていると、「リスクをとって戦っている少数派の若いモンをどうして助けてやらないんだよ、あんたら」 とイライラする。 あの世に肩書や役職は持って行けないのに。

言うまでもなく、イーストウッドというジジイは少数派のじいさんである。 彼は筋金入りの共和党支持派だ。 だけど、人間の生き方の fairness、正しさに徹底的にこだわる。 だから、共和党のブッシュが火をつけ、延々と今も続いている泥沼の戦争を支持なんてしない。

文春のコラムで町山智浩氏が書いたとおり、イーストウッドが本作で言いたいことはまさにこれだ。

It's a hell of a thing, killing a man.
ヒト殺しっていうのは、くそったれなんだよ。

彼の作品では、いつも、敵の兵士たちの詳細な描写が登場する。 憎むべき敵は、私達と同じ人間。 野蛮人なんかではない。 その視点が徹底しているから、「父親たちの星条旗」 というアメリカ人目線の映画とセットで、「硫黄島からの手紙」 という日本人目線の映画をわざわざ一本作ったほどである。 さらに両作ともに、「アメリカ人ワンダホー!」 「日本人って本当に素晴らしい!」 などというわかり易い(バカっぽい) メッセージは無い。 彼が語るのは、どちらの映画でもただひとつ、

敵も味方もあるもんか。 戦争って、くそったれの所業なんだぜ、おい。

アメリカン・スナイパー」 でも、敵 (アルカイーダ) のスナイパーの家族の食事シーンが印象的である。 彼らの食卓には嫁さんがいる。 子供もいる。 家庭があって、愛情があって、歴史がある。 誇りがある。 当然である。 人間だもの。 「テロリストの思いを忖度 (そんたく) するようなことがあってはならないっ!」 と薄っぺらく叫ぶ政治家がどこかの国にいるが、こんなにもややこしい世界情勢の行末、そして日本人を含む各国民の思いが、そんな陳腐なスローガンで収束するわけがなかろう。 「忖度」 という言葉を使う文脈も間違っている。

こうしたイーストウッド反戦・反殺人の姿勢があまりに強烈で straightforward だったから、アカデミー賞の主要部門からはすべて外されましたね。 そりゃそうだろう。 金持ち系の白人アメリカ人にとって、彼の映画は主張があからさま過ぎていて、ちょっと目障りなのだ。 でもね、そういう扱いこそが男イーストウッドの本望、選んだ道だろう。 素晴らしい。 

アメリカン・スナイパー」 の冷遇はともかく、今年のアカデミー賞の授賞式を見てたら、「やはりアメリカはまともな国だなぁ」 と思わせる受賞があったよね。 ドキュメンタリー映画 「Citizenfour」 が、長編ドキュメンタリー映画賞を受賞したこと。 そう、「米国政府は国民の情報や海外の政治家の電話やメールを盛大に盗聴してまっせ」 と告発したあのスノーデン氏に関する映画である。 映画の監督も政府の監視対象になっているらしいな。 腹をくくっているのである。 で、そういう人たちの仕事にきちんと価値を認め、賞を与えるアメリカの映画人はまともだし、立派なのである。 

日本でさ、同じようなことをした人たち (政府の良からぬ隠し事を暴いた人たち) を称える映画が、こうやって賞を受けると思いますか? 日本の映画人やメディア人にその度量と良識があると本当に思いますか?

いつまでたっても、彼の国は 「遠いアメリカ」 なんだなぁと思う春の日。(注)

(注) 30年ほど前の常盤新平さんの短編集ですね。 直木賞受賞作。


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もう一つ 「アメリカン・スナイパー」 には名シーンがある。 帰還兵として帰宅した主人公クリス。 彼は自宅のソファに座っている。 何も映っていない真黒なテレビ画面をじっと見つめ続けるクリス。 しかし彼の頭の中では、戦場の銃撃音、爆撃音が盛大に鳴り響いている。 そういうシーンである。 PTSDの症状の一つとして描かれているんだけど、これって、私たち典型的ニポン人サラリーマンそのものだと思うと、ゾッとした。

一年中、朝も昼も夜も、仕事のことばかり考えている。 休日も仕事のことが頭から離れない。 釣りをしながら、山登りしながら、ディズニーランドで、スマホでメールチェックしているおっさんたち。 夜、飲み会をするのも仕事のお付き合いの人たちばかり。 飲み会で出てくる話題は仕事の話ばかり。 見る夢も仕事のことばかり。 もう棺桶に入りかけている定年退職したじいさんたちが、会社や役所の肩書や序列でしか会話が成り立たなかったり (笑)。

たぶん狂ってますよね、私たちみーーんな。 あはは、あはは、あはは ・・・

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椎名誠さんの最新作、「アイスランド 絶景と幸福の国へ」。 たった33万人ほどのこの国の住民は、日本の住民よりもずっと幸せな顔をしているらしい。 温かいお茶でも飲みながら、仕事のことなんぞ頭から消し去って、のんびりお読みください。

今日電車で、目の前のおばあさんに席を譲ったのである。 そしたら、なんと、30代くらいの体格の良いサラリーマンが黙って横から入ってきて、席を奪い取った。 おばあさんも私も唖然。 目の前に小さなおばあさんが立っているのに、下を向いたままスマホでゲームやってやがる。 何かに憑りつかれたように痴れた顔してスマホ見つめている電車の中の日本人。 安手のゾンビ映画の中の光景のようで気持ち悪い。 これが文明の進んだ国の末路。 滅んでしまえ、こんな国。