小野俊介 サル的日記

いや、その、サル的なヒトだから・・・

揚げ過ぎない

さて腹が減ったぞ、と昼飯タイム。 ろくに仕事もしてないのに、お腹だけは減るんだよな。 今日は何を食べようか? ちょっと贅沢したい気分だから、こんなときは ・・・ 海鮮丼屋さんだぁ! フフフ、うれしいなぁ、と赤門方面に歩き出したサル的なヒト。

ところが、銀杏並木を歩いているときに、ふと思い出したのである。 ほれ、例のアイツ。 最近新聞テレビでやたらと大騒ぎしている、あのニョロニョロしたヤツ。 兄貴刺す、じゃなくて、アニサキス。 今猛烈に増えてるんだってね。

でもさ、あんなもの、感染したって死ぬわけじゃないんでしょ? 胃が痛くなるだけなんだろ? 何をそうビビってるのよ、みんな。 情けないのぉ、大のオトナがさ。 ドーンといかんかい、ドーンと。 なぁ、龍馬どん。 生ガツオでも生サバでも、男なら刺身でバクバク食ってやろうぜよ。 心は太平洋ぜよ!

(3分後、構内の生協食堂のおばちゃんに)
「・・・あ、あのう、カツカレーのМサイズください ・・・ あ、よく火が通ったやつ、お願いします・・・」

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うちの学生さんの一人が今、旦那さんと一緒に米国にいるのだが、その彼女から現地で無事出産したとのうれしいメールが。 おめでとう! よかったよかった。 米国での出産はいろいろと大変だとは聞いているが、お母さんというヤツは強いから基本大丈夫なのだ。 子熊を連れた母熊の恐ろしさは岩手の田舎に住んでいたからよく知っている。 なんか違う気がするが、まぁいいのだ。

とにかく日々の仕事の締切に追われて、どうにもならない毎日なのである。 皆さんお元気? ・・ をこんなところに入れるほどの忙しさである。 多忙のせいで騎士団長殺しがまだ下巻の途中までしか読めていないのだ。 いい奴に見える騎士団長は最後はどうなるの? とか、免色ってもしかしたらとてつもなく極悪人なのか? とか、いろいろ気になって仕方ないのだが、その先を読む時間がない。 どうなるの、この先? 誰か教えて ・・・ い、いや、言わないでくれ。 絶対に言っちゃいかんぞ。

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忙しい理由の一つが、月刊薬事に半年間の予定で連載を抱えていたこと。 「医薬品評価の意味論」 というタイトルで、ややこしいことを書きまくっているのよ。 「薬が効く」 とはどういう意味なのか?を6回にも渡って、論理学・意味論の概念を使って解説するという試みである。 どう考えても史上初だろうね。 こんな無謀な試みにトライする薬学部の教員は世界中探しても僕しかいないだろう、と思う。

実は医薬品業界人って 「薬が効く」 の意味を分かっているようでまったく分かってないのである。 自分の言う 「薬が効く」 の意味を、自分が理解していないというお笑いのような状況。 前にもこのブログで書いたが (これね → オネエ言葉で薬効評価の闇を語らない - 小野俊介 サル的日記 )、たとえば一つの例は 「薬が効く」 を、「薬が白い」 とか 「薬が丸い」 のようなモノの属性と同じに扱う業界の奇妙な慣習。 むろんそういう意味で 「薬が効く」 を使うのを誰も禁止してはいないのだけど、それってとても奇妙な 「意味」 なのである。 その奇妙さを形にするとこんな感じ。

へへへ、このイラスト、月刊薬事5月号からお借りしました。 どうもです。

何が気持ち悪いかが分かったでしょ? この財前教授は 「私は 外傷患者を 治す」 と言わずに、「私は 治す」 とわめいてる。 これでは言ってることの真偽が常識的に判断できないのよ。 意味が分からない。 だから気持ち悪い。

「薬が効く」 という文の気持ち悪さ・意味不明さの大きな原因もそこにあります。(注 1) 「薬が 田中さんに 効く」 「薬が 被験者X氏に 効く」 と表現してはじめて文章の真偽が常識的に (業界の歪んだ言葉遣いに冒されていないフツーの患者さんに)判断できるようになる。 「効く」 は、述語論理における二項述語と解釈しないと財前教授のようになってしまうよね。

(注 1) 業界人の中には 「薬が効く」 が気持ち悪くない人もいるのな。 そういう人は、「人類も生物もすべて死に絶えた未来の地球に、なぜかポトリと落ちている下痢止めカプセル。 さて、この 「薬は効く」 のかな?」 という問題を考えてみてください。 「アメリカ人にはやたらと効くが、日本人にはまったく効かないこの薬。 さて、この 「薬は効く」 のかな?」 という別バージョンを考えてもいいぞ(笑)。

・・・ といった話を連載では書いてきたのだが、専門外のことばかり書くのはさすがに疲れてきた。 連載も残すところあと1回。 編集部の担当Uさんには 「あまりにくだらないことを書いてきたから、もしかして関係各所から苦情が来てるでしょ? 反省の気持ちをこめて、最後の回は原稿の代わりに反省ザルのイラストを何枚か載せて、それでOKってことにしませんか? ・・・ 原稿料はもらうけど」 と持ち掛けているのだが、色よい返事はまだ頂けていない。

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余計なこと書き過ぎて、最も肝心な話を書く気力がなくなってしまったぞ。 ごめんね。 今日のブログでは今公開されているこの素晴らしい映画のお話を書こうと思っていたのだった。 「メッセージ (原題: Arrival)」。

諸君、この映画は傑作である。 全員見なさい。

意味論の話を書いたのは実はその前ふりだったのだが、読者の目が死んだ魚のような色になっているので今日の講義はここまでにしておこう。 続きは次回。 気が向けば。 じゃまたね。