小野俊介 サル的日記

いや、その、サル的なヒトだから・・・

若い生物統計家をそそのかさない

やっと涼しくなってきて、一安心。 皆さんお元気ですか。 このところブログ更新してなくてごめんなさいね。 いや本当は、無料で記事読んで楽しんでるだけのおまいらに、オレがなぜ謝るのかがよくわからないのだが、面倒くさいから謝っといてやる。 すまんすまん。 これで気が済んだか?(笑)

で、この夏、皆さんは恋の一つや二つはしたの? 「仕事しかしてない」 なんて哀しいことを言っているおぢさん・おばさんは、こんな歌でも口ずさんで反省してなさい。


稲垣潤一 夏のクラクション

 

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先週は日科技連の伝統ある生物統計学研修コースのお手伝いで湯河原へ。 受講者の皆さん、お疲れ様。 おそろしく素晴らしい講師陣 (私を除く。) に指導してもらっていて、うらやましい。 がんばって勉強して技を磨いてください。

皆さんが模擬臨床試験プロトコルを作成する実習での私のコメント、意図が伝わっていないかもしれない (というか、ほぼ確実に伝わっていないと思う) ので、ちょっとだけここで解説しておきますね。

 「あなたが提案している試験デザイン、あなたの会社の社長が喜ぶものになっている?」 というコメント。 臨床試験のデザインは薬 (モノ) の有効性を検出するために科学的に最適なものでなければならず、その 「ただ一つ」 の最適なデザインを優秀な統計家は生み出せる・提案できると思っているとしたら、それは大きな勘違いです。 試験デザインに唯一の正解なんぞありません。

「唯一の正解なんぞない」 とする理由も、人によって言うことが違います。 統計学の先生なら不確実性に関する様々なトレードオフ (たとえば最も分かりやすい例は unbiasedness vs. efficiency など) を挙げるのでしょう。 私は統計家ではないので、そうした技術的な理由ではなく、別の理由を挙げることにしています。 このブログを長いこと読んでる人はもう気づいているよね。 それは 『薬が効く』っていう概念が意味不明ってこと。 

話が長くなるので簡単にまとめるが、「効く」 は、「薬が効く」 という一項述語ではなくて 「薬が誰かに効く」 という二項述語と扱わないと (自然言語に近い) まともな意味論が構築できないのである。 もっと簡単に言うと、治る・治そうとするのが誰かを宣言しないと、まともな文にはならない、ってこと。

薬や薬の特徴が試験デザインを決めるのではありません。 分子構造や極性が臨床試験デザインを決めるなんて誰が考えてもナンセンスでしょ? 試験デザインを決めるのはお客さん。 あなたや会社の社長が幸せにしたいお客さん (患者) が試験デザインを決めるのですよ。 誰をどう治して、どう幸せにしたいかに応じて、試験デザインは変わるのです。

というか、業界人には常識ですよね、それ。 日本人を幸せにする気持ちがあまりない製薬企業は、そういうデザインの試験をしてるでしょ? (で、それを隠すためのややこしい理屈を考えるんだよな (笑)。) パプアニューギニア人を幸せにしたいと思っている人は、それを達成するのにふさわしいデザインの臨床試験をするはずでしょ? ね、当然なのよ。 

こんな当たり前のことを私が何度も (何十年間も) 力説しないといけないのはとても情けないのだが、この情けない状況は、製薬企業の皆さんが、これまでの新薬開発の歴史上一度たりともランダムサンプリングをしたことがないという身震いするような事実と表裏一体ですよね。 製薬企業が、プロトコルや承認申請書において、目的とする患者集団 (あるいは試験の母集団) を、タイプではなく、心の中で本当に気になっているトークンのレベルでまともに書こうとしたことが歴史上一度もないという戦慄の事実とも一体である。(注 1)

(注 1) estimand だとか、E17 だとか、最近はやりのガイドラインの中で専門家がこのあたりに触れるのかと思ったら、まったく無視して、斜め45度のような議論ばかりしてるのね。 ある意味驚きである。 怖くて手を付けられないらしい。 手に余る問題こそ最高に面白いのに、いつまで逃げ回っているのだろう。

私と一緒に参加した統計家S先生の 「症状が重い患者が1単位良くなるのと、症状が軽い患者が1単位良くなるのって、あなたたちが検討しているこの病気で、本当に同じことなのかをちゃんと検討しましたか?」 というコメントにも、私が今ここで書いている懸念が含まれていることに気づいてね。 私はS先生ほど人間ができていないので、「君たち業界人って、現実に存在していない仮想の平均人をどこかから連れてきて、『薬がこの人に1単位効いた。 この人が1単位の薬効分だけ幸せになります』 なんて平気でいうけど、それって正気か?」 などというストレートな表現をとりましたが (笑)。 すみません。

以上が、あの研修での私のコメントの背景にあるココロです。 これはとても大きな質問です。 答えは簡単には出ません。 一生かけても出ないと思います。 あ、ちなみに統計学や疫学を勉強しているだけでは考える手掛かりすら得られませんよ。 でも、一生、考え続けてください。 今現在エラいポジションにいる先輩たち (会社・役所・大学のおえらいさん) のように、この問題を見なかったことにして逃げ回る人生は、かっこ悪いと思います。

がんばれ、若い世代!

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しばらくブログ更新をサボっている間にいろいろと面白い映画を見たのだけど、全部は紹介しきれないので、一番とんがったヤツを。


ゆきゆきて神軍

ずっと見逃していたが、 評判どおりの問題作。 よゐこが見る映画ではないが、分別のついたおっさん・おばさんには刺激的で良い。

このドキュメンタリーの主役の奥崎謙三氏、私と同じでエラそーにしてるやつが大嫌い。 だけど、そいつらをブログで殴るだけのサル的なヒトと違って、奥崎氏は拳で本当に殴る。 逃げ腰のくせにエラソーな日本軍の元上官たちに激高していきなり殴りかかる。 撮影中とか関係ないから (笑)。 そのシーンだけでもおすすめ。 暴力耐性を身につけるのに役立ちます。 いや、決して冗談ではない。 暴力的な言葉遣いや威圧的態度で人を従わせるタイプの連中が、あなたの会社・お役所・大学にもいるでしょ? 私の働いていたお役所にもゴロゴロいた (今もいる) ぞ。 そういう連中をきちんと殴り返す根性を身に着けるのに、この手の映画は役に立つのですよ。

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もっとフツーのミステリーなどがお好みの善良な方々には、こいつがおすすめ。 面白かったっす。 もう読みましたか? 

いけない

いけない